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WH本文に由来する"聖書"3

第一ヨハネ5・7保持する聖書・ 消された"聖書"

超重要聖句が読めなくされた"聖書"


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1
古代の証言記録

 第一ヨハネ5・7のみことばは、神の三位一体について明言している重要な箇所です。
 現代の多くの"聖書"では、この箇所が削除されているため、このみことばを一度も読んだことがない人が少なくないかもしれません。
 けれども、この箇所は、神が歴史を通じて保持してこられた神のことばです。
 その重要なみことばとは、次の通りです。

「7 というのも、天において証言者は、御父、みことば、そして聖霊の三者であり、これら三者一つであり
 8 また、地において証言者は、御霊と水と血の三者であり、…」
TR 新約聖書


 この第一ヨハネ5・7のみことばへの言及は、使徒ヨハネが亡くなった後の紀元2世紀から見られます。Johannine Comma (1 John 5:7)

1テルトゥリアヌス(紀元155年〜220年)
 彼は北アフリカのカルタゴ(現在のチュニジア共和国周辺)生まれの神学者であり、この箇所に言及し、こう述べています。

テルトゥリアヌス
《テルトゥリアヌス》
「こうして、御父と御子のつながり、また、御子と慰め主のつながりは、相互に緊密に結びついた三つの位格を生じさせており、その三者は一つです。一つの位格ではありません。
 こう言われているようにです、『私と父は一つです』」("Against Praxeas", chapter 25.)

2キプリアヌス(紀元200年頃〜258年)
 彼はカルタゴの司教であり、初期のクリスチャンの重要な著述家です。彼のラテン語の著作の多くは現存しています。彼は北アフリカ(おそらくカルタゴ)で3世紀初め頃に生まれました。キリスト教に改宗後、彼は249年に司教となり、最後はカルタゴで殉死しました。
 キプリアヌスはこう述べています。

キプリアヌス
《キプリアヌス》
「主は、『私と父は一つです』と言っておられます。
 また同様に、御父と御子と聖霊について、こう書かれています。
『そして、この三者は一つです』
」("De Unitate Ecclesiae")

 キプリアヌスはこの箇所を、ヨハネ10・30と第一ヨハネ5・7から引用しています。
 『そして、この三者は一つです』という語句は、聖書の中で第一ヨハネ5・7以外のどこにも存在しません。
こう書かれいます」とキプリアヌスが述べていることは、この第一ヨハネ5・7のみことばが、この第3世紀の時点で是認された写本の中に「書かれていた」ことを意味します。
 すなわち、このみことばは、聖書の中に「書かれた神の真のみことばなのです。

3プリスシリアン(紀元340年〜385年)
 彼はスペイン人の司教でした。彼はこう述べています。

ヨハネがこう言っている通りである。
 『…また、天において証言者は、御父、みことば、そして御霊の三者であり、これら三者はキリスト・イエスにあって一つである』」 ("Liber Apologeticus", I.4)

4イダシウス(紀元350年頃)
 彼はスペイン人の高位聖職者であり、第一ヨハネ5・7のみことばに言及しました。

5アタナシオス(紀元350年頃)
 彼はエジプトのアレクサンドリアの主教であり、こう言及しました。
アタナシオス
《アタナシオス》
「…ヨハネは『そして、この三者は一つである』と断言している
("Disputatio Contra Arium")

6アウグスチヌス(紀元354年〜430年)
 彼は北アフリカの都市ヒッポの司教であり、こう書いています。

アウグスチヌス
《アウグスチヌス》
「それゆえ、崇高かつ真実なは、彼のみことば、および聖霊この三者は一つである)とともに、ひとりの全能の神、創造者、そして、あらゆるたましいと、あらゆる体との造り主…』 ("City of God", Book 5, Chapter 11)

 彼は、紀元398年頃、サベリウス主義(異端)に対抗して三位一体の教えを擁護するために、第一ヨハネ5・7のみことばを用いました。("De Trinitate")

7カルタゴの教会会議(紀元484年)
 この年、アフリカのカルタゴで、300人ないし400人の高位聖職者たちが集う教会会議が開かれました。
   これより前、アリウス派(イエス・キリストの神性を信じない)の人々と北アフリカ出身の司教たちとの間で、論争が生じていました。
 教会会議が召集されると、そのアフリカ人の司教たちの代表であるエウゲニウスが、第一ヨハネ5・7、8をはっきりと宣言しました。
 司教たちは、キリストの神性を告白することの根拠としてこのみことばを用いました。約350人の司教たちを代表して、エウゲニウスはこう言いました。

「…聖霊は今や御父および御子と同じく神なる方であられます。
 それは、伝道者ヨハネによって証明されています。
 なぜなら、彼はこう言っているからです。
 『天において証言者は、御父、みことば、そして聖霊の三者であり、これら三者は一つである』


8ビジリウス(北アフリカの司教)
 彼は紀元450年頃の著書で、さらに480年頃の著書でも、第一ヨハネ5・7、8の箇所に言及しました。

「…彼はこう言っている。
 『…天において証言者は、御父、みことば、そして御霊の三者であり、これら三者は一つである』」("Contra Varimadum", Book I, Chapter 5)

「…伝道者ヨハネは彼の手紙で、こう言っている。
 『天において証言者は、御父、みことば、そして御霊の三者であり、これら三者は主なるイエス・キリストにあって一つである』」("De Trinitate Libri Duodecim", Book I )


9ビクター・ビテンシス(紀元485年:アフリカ人司教)
 彼も同様のことを述べました。

「そして、御父と御子と聖霊が神として一つであることをいっそう明らかに示すために、伝道者ヨハネが証言している。なぜなら、こう言われているからである。
 『天において証言者は、御父、みことば、そして聖霊の三者であり、これら三者は一つである』」("(Historia persecutionis Africanae Provinciae", Book III, Chapter XI)


10ワルドー派の聖書(紀元157年〜1400年頃)
 ワルドー派の聖書にもこの第一ヨハネ5・7が存在します。
 セオドール・ベザによると、ワルドー派の教会は紀元120年頃にシリア・アンティオケの宣教者たちからみことばを伝えられて形成されました。(Peter Allix, The Ecclesiastical History of the Churches of Piedmont, (Oxford: Clarendon Press, 1821; 1st pub. 1690), p. 177. Which Version Is The Bible?,p.168)
 彼らは紀元157年にギリシャ語のみことばを彼らのラテン語に翻訳しました。(Scrivener, A Plain Introduction, op. cit., Vol. II, p. 43.)
 この聖書は1500年代の宗教改革の時まで受け継がれました。
 プロテスタントの人々はそのワルドー派の聖書をフランス語やイタリア語などに翻訳しました。
 ジョン・ウェスレー(1703年〜1791年。メソジスト運動の指導者であり、イギリス国教会の聖職者)やジョナサン・エドワーズ(1703年〜1758年。アメリカ人聖職者)らは、ほとんどの宗教改革者たちが信じていたのと同様に、このワルドー派の人々真のクリスチャンの子孫であることも、彼らが、聖書を信じる今日のクリスチャンのためにキリスト教信仰を保持してきたことも、信じていました。(《TRを継承したワルドー派の聖書》参照)

11ラテン語写本
 第一ヨハネ5・7のみことばは、ほとんどのラテン語写本に存在します。
ヒエロニムス
《ヒエロニムス》
 ラテン語写本は、ラテン語ウルガタ写本古ラテン語写本の二つのグループに大きく分類されます。
 ヒエロニムス(347年〜420年。ダルマティア[現在のユーゴスラビア周辺]生まれの聖職者)が翻訳した『ラテン語ウルガタ聖書』は、より一般的なラテン語の翻訳聖書であり、4世紀後半にカトリック教会によって委託されたものです。
 古ラテン語写本とは、ヒエロニムスによる『ラテン語ウルガタ聖書』以前に存在した、ラテン語に翻訳されたさまざまな写本を表すために使われる用語です。
 古ラテン語に翻訳された数々の写本は、2世紀後半頃以降に作られました。
(F. H. A. スクリブナー博士著 "A Plain Introduction to the New Testament Textual Criticism2, 4th Ed., Vol. 2
 550年頃のものとされる古ラテン語写本("r")の中に第一ヨハネ5・7が存在します。
 スクリブナー博士によると、ラテン語ウルガタの50の写本のうち49の写本に、この第一ヨハネ5・7のみことばが存在します。(同書)

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2
この節が削除されたギリシャ語写本

 ヒエロニムス(347年〜420年)は彼のラテン語ウルガタ聖書の新約聖書を作るにあたって、ギリシャ語の聖書を資料として使いました。
 その作業のある時点で、彼は自分が見出した数々のギリシャ語写本から、第一ヨハネ5・7の三位一体の読み方が削除されていることに気付きました。
 彼はこう記しています。

「…特に、ヨハネの第一の手紙の中の、三位一体のことが書かれているその本文で、信仰の真実に反する不忠実な翻訳者たちの手により、多くの誤りが生じている。
 彼らは、水と血と霊の三語だけをこの版に入れており、御父と御子と聖霊についての言及削除している。…」("Prologue to the Canonical Epistles")

 このように、ヒエロニムスは、彼の時代にこの節が数々のギリシャ語写本から削除されていることに特に言及したことがわかります。
 さらにヒエロニムスはこう述べています。

ヒエロニムス
《ヒエロニムス》
「…私はこれらの手紙をそれらの適切な配列に回復させた。
 それを元々の本文に合致するように整えて、ラテン語の語法で忠実に翻訳すれば、読者を困惑させる原因を生じさせるこはなく、さまざな読み方で自己矛盾させてしまうこともないはずである。
 第一ヨハネの手紙三位一体のことが書かれている箇所では、特にそうである。
 その中で、私は、真理から大きく逸脱している翻訳者たち(あるいは、写字生たち)を見出した。
 彼らは、彼らの書いたものに、三つの証言者、すなわち、水と血と御霊の名前だけを書いている。
 ところが、彼らは御父とみことばと聖霊の証言を省いている。
 どの箇所よりも、これによって、御父と御子と聖霊との神が一つであることが証明されているのである
」("Prologue to the Canonical Epistles")


 フロイド・ノレン・ジョーンズ博士はこう述べています。

「この『天における証言者である三者』は、実質的にすべての現存するラテン語ウルガタ写本に含まれています。
 それはヒエロニムスの元の版には存在しないと言われていますが、ヒエロニムス自身が、無責任な翻訳者たちがギリシャ語写本の中でその箇所を省いていた不満を述べています。(※ Michael Maynard, "A History of the Debate Over 1 John 5・7、8", p. 41)(1995年)
 したがって、まちがいなく、ヒエロニムスその箇所を彼の翻訳の中に入れたはずであり、その後、それは他の人々によって取り除かれたのです。
 その箇所は、紀元800年頃、古ラテン語写本からウルガタ聖書の本文の中に回復された(戻された)のです。(Hills, "The King James Version Defended",p. 210)
フロイド・ノレン・ジョーンズ博士
F.N.ジョーンズ博士
 その箇所は、2世紀の古ラテン語聖書の本文の一部でした。
    それは、
  • テルトゥリアヌス(紀元155年〜220年)によって引用されており、
  • カルタゴのキプリアヌス(紀元200年頃〜258年)によっても引用され、
  • スペイン人クリスチャンのプリスシリアン(紀元340年〜385年)によっても引用されています。
  • それは、5世紀の古ラテン語写本("r")の中にも見出されており、
  • 紀元484年にカルタゴの司教エウゲニウスによって作成された信仰告白の中にも見出されます。
  • この第一ヨハネ5・7は、タプススのビジリウス(紀元490年)によって引用され、
  • イタリアのカッシオドルス(紀元480年〜580年頃)によっても引用され、
  • 北アフリカのフルゲンティウス(紀元533年死去)によっても引用されました。…

 それゆえ、この重要な三位一体の節についての初期の証言が、確かに存在しているのです」(The Johannine Comma,Which Version Is The Bible?


(参照→Michael Maynard, "A History of the Debate Over 1 John 5・7、8"、 A Defense of 1 John 5:7


この節が削除された原因

サベリウス主義の影響
 サベリウスは3世紀初め(紀元217年から220年頃)に登場したキリスト教異端者でした。
 当時、ローマでは、神の三位一体を主張する正統派と、三位一体を否定する単一神論の人々の間で活発な論争がありました。
 サベリウスは、神は単一神三つの位格ではなく)であり、創造においては御父として、あがないにおいては御子として、聖別においては聖霊として、三つの働き(様態)において自らを表すと教えました。
 ローマ教皇カリストゥス1世(紀元217年〜222年在位)は、初めはサベリウスの教えに同調的でしたが、後にそれを非難し、サベリウスを除名しました。(Sabellianism_Britannica
 エドワード・フリーアー・ヒルズ博士(1912年〜1981年。アメリカ人の聖書学者)は、3世紀のサベリウスが唱えた理論であるサベリウス主義の影響を指摘して、こう述べています。

エドワード・ヒルズ博士
E・F・ヒルズ博士
 「2世紀と3世紀に正統派のクリスチャンが闘わなければならなかった対象は、アリウス主義ではなく、サベリウス主義でした。
 このサベリウス主義によると、『御父と御子と聖霊は全く同一である』という意味での一つでした。
 この異端的見解を主張する人々は、『キリストと同一である御父が、苦難を受けて十字架上で死んだのだ』と信じていました。…
 それゆえ、このサベリウス主義異端のために、第一ヨハネ5・7の箇所が正統派のクリスチャンに不人気となった可能性があります。
 「この三者は一つです」という言明は、彼らにとっては、『御父と御子と聖霊は全く同一である』というサベリウス主義の人々の見解を教えているように思われたのです。
 特にギリシャ語を話す東方教会では、サベリウス主義に対する戦いが特に激しかったため、この箇所は拒絶されました。
 こうして、サベリウス主義の論争の緊張のただ中の3世紀に、第一ヨハネ5・7はギリシャ語本文の中では存在しなくなりましたが、アフリカおよびスペインのラテン語本文の中に保持されたのです。
 アフリカやスペインでは、おそらくサベリウス主義の影響は、あまり大きくはなかったはずです。
 つまり、第一ヨハネ5・7のみことばは、伝統的ギリシャ語本文の中には現れず、ラテン語ウルガタ聖書にある読み方でありながら、神の導かれる摂理の下でTR聖書本文(Textus Receptus)の中に組み込まれた少数の真の読み方の一つであった可能性があります。
 そういうまれな事例では、神は、ギリシャ語を話す教会の用法を修正するために、ラテン語を話す教会の用法を採用されたのです」
The King James Version Defended The Johannine Comma


エウセビウス・アリウス派などの影響
 キリスト教会の初期に聖書(写本)を改ざんした人物としては、まずオリゲネス(紀元185年頃〜254年頃)が挙げられます。
オリゲネスは、「どこでもギリシャ語の新約聖書を見つけると、それを自分の教理にぴったり合うように改ざんした」聖書改ざん者でした。(オリゲネスとは?
 オリゲネスの孫弟子のエウセビウス(紀元263年頃〜340年頃)は、「オリゲネスこそ最も偉大な人物」と考えていた人物でした。(エウセビウスとは?
 紀元331年、コンスタンティヌス帝からの指示を受けて『50冊の聖書』を用意した際、エウセビウスは、オリゲネスの改ざん聖書を使って完成させました。(《エウセビウスが作った50冊の聖書》)
 ヒエロニムスが『ラテン語ウルガタ聖書』(紀元405年)を作成する際に見出したギリシャ語写本で、第一ヨハネ5・7の箇所が削除されていたとされる写本は、エウセビウスが関与したものである可能性も否定できません。
アリウス
《アリウス》

 エウセビウスは、異端のアリウス派であり、アリウス(紀元336年死去)の友人でもありました。
 アリウスは、イエスは肉において来られた神ではないと信じていました。
そのような信念を持っている彼らにとっても、第一ヨハネ5・7は望まれない箇所であったはずです。
 フレデリック・ノラン博士(1784年〜1864年)はギリシャ語およびラテン語の学者であり、優れた歴史家でもありました。彼はエジプトの年代学を研究し、28年を費やして、ギリシャ語の聖書本文TR起源使徒たちの時代にまでたどりました。
 そのノラン博士の業績を引用して、F.N.ジョーンズ博士はこう述べています。

「異端のサベリウス主義が栄えた時期の後、まもなく、アリウス派が起こりました。
 エジプト・アレキサンドリアの長老であったアリウスキリスト・イエスの神性や永遠性を否定しました。
 コンスタンティヌス帝の統治からテオドシウス帝の統治までの少なくとも40年間(紀元340年頃〜381年頃)、東方教会はこの異端のアリウス主義に完全に明け渡されていました。
フロイド・ノレン・ジョーンズ博士
F.N.ジョーンズ博士

 それとは逆に、西方教会はこの期間、このアリウス派の異端によって腐敗されることはありませんでした。
 したがって、フレデリック・ノラン博士が強く提唱したように、アリウス派東方教会支配していた時期に、この第一ヨハネ5・7の問題が進展したのかもしれません。
 ノラン博士は、東方ギリシャ教会でアリウス派が支配的であったその約40年の間に、エウセビウスアリウス派の人々とともに、彼が改訂した聖書の中のこの第一ヨハネ5・7の箇所のことで"圧力をかけ"、そのことがギリシャ語の数々の写本から第一ヨハネ5・7を削除することに影響を及ぼした可能性を指摘しています。」
(Nolan,"An Inquiry into the Integrity of the Greek Vulgate",p.305)
(F.N.ジョーンズ博士,Which Version Is The Bible? p.239)


 5世紀の教会歴史家ソクラテス(哲学者ソクラテスとは別人)は、「古代の翻訳者たち」が第一ヨハネの手紙(ギリシャ語)を改ざんしたことを証言しており、グノーシス主義(1世紀〜4世紀の異端)、マルキオン派(2世紀の異端)などの影響で聖書が改ざんされた可能性もあります。
 歴史家ソクラテスは、改ざん者たちが、キリストの神性と人間性に関わる神学的な理由で第一ヨハネの手紙を改ざんしたことを述べています。

「…こうして、古代の翻訳者たちの言語によって、ある者たちが(キリストの)神性から人間性を分け離そうとしてこの手紙(第一ヨハネ)を改ざんした。
 しかし、その人間性は神性と結び付いており、二つではなく、一つである。…」("Theotokos")
Johannine Comma (1 John 5:7)


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3
歴史的に保持されてきた第一ヨハネ5・7

 テルトゥリアヌス(紀元155年〜220年)、キプリアヌス(紀元200年頃〜258年)などの初期の多くの聖職者たちの証言があることや、紀元484年のアフリカのカルタゴにおける300人ないし400人の高位聖職者たちが集う教会会議でこの第一ヨハネ5・7のみことばが明確に宣言されたこと、さらに、紀元157年ワルドー派の人々がラテン語に翻訳した彼らの聖書の中にもこの第一ヨハネ5・7のみことばが含まれていることなどからも、このみことばが聖書の中に「書き記された」神の真のみことばであることが明らかです。
 ただし、ヒルズ博士が述べているように、「第一ヨハネ5・7のみことばは、伝統的ギリシャ語本文の中には現れず、ラテン語ウルガタ聖書にある読み方でありながら、神の導かれる摂理の下でTR聖書本文(Textus Receptus)の中に組み込まれた」のです。
 こうして、第一ヨハネ5・7のみことばの"流れ"を以下のように図示することができます。
 すなわち、
  • 使徒ヨハネが第一ヨハネの手紙(第一ヨハネ5・7を含む)を書き記しました。
  • シリア・アンティオケの宣教者たちがイタリア北部で宣教活動を行い、紀元120年頃ワルドー派の教会が形成されました。
    彼らは紀元157年にギリシャ語のみことばを彼らのラテン語に翻訳し、その聖書は1500年代の宗教改革の時まで受け継がれました。
    プロテスタントの人々はそのワルドー派の聖書をフランス語やイタリア語などに翻訳しました。
  • 他方、第一ヨハネの手紙(第一ヨハネ5・7を含む)は、アフリカおよびスペインにも伝えられ、彼らのラテン語本文の中に保持されました。
  • そして1522年、この第一ヨハネ5・7のみことばはTR聖書本文(Textus Receptus)の中に組み込まれました。
    さまざまな異端思想の影響による聖書改ざん者たち削除改ざんが存在したにもかかわらず、はご自分の摂理により、歴史の中でこの第一ヨハネ5・7のみことばを保持してこられたのです。

第一ヨハネ5・7の流れ
Johannine Comma _1 John 5:7参照)


19世紀の"改訂者"たちが行った第一ヨハネ5・7消去

 こうして明らかなように、第一ヨハネ5・7のみことばは、歴史を通じて保持されてきました。
 ところが、1881年、この箇所が消された"WH本文"と"英語聖書RV"(またはERV)が、リベラル派およびユニテリアンの人々によって作り出されました。
WHRV

 そのWH本文を作ったのは、B.F.ウェストコットF.J.A.ホートであり、二人とも降霊術者であり、秘密クラブ設立者でした。(→聖書"改訂"委員会の主導者たち参照)
 そして英語聖書RVを作ったのは、名目上は"聖書改定"委員会のメンバーたちでしたが、実際はリベラル派およびユニテリアンの人々が主導し、保守派あるいは正統派の人々の意見は票決によって退けられ、結局、ウェストコットホートスミスらの、リベラル派およびユニテリアンの人々が望んでいたものが作り出されたのです。
ウェストコット
《ウェストコット》
ホート
《ホート》
スミス
《スミス》

 そうして1881年に登場したのが、リベラル派およびユニテリアン向けの"英語聖書RV"でした。
 その"聖書"からは第一ヨハネ5・7のみことばは消し去られていました。
RV

 この第一ヨハネ5・7のみことばは、聖書の中で唯一三位一体の教理明言している箇所です。
 ただし、それはリベラル派ユニテリアンの人々が否定する教理です。
 彼らはイエス・キリスト神性否定し(すなわち、イエス・キリストを神(の御子)とは信じない)、三位一体の教えも否定します。
 さらに彼らは、イエス・キリストあがない聖書の霊感否定します。
 すなわち、聖書を聖霊による真の神のことばとは信じません
 リベラル派ユニテリアンの人々にとっては、この第一ヨハネ5・7のみことぱは、存在させたくないみことばです。

 スミスは1881年に発行した自らの著書44ページで、1870年から始まった『聖書改訂委員会』の改訂者たちが行った第一ヨハネ5・7消去について説明しています。
ユニテリアンの本 G.V.スミス
『改訂新約聖書の本文と脚注』

スミスの本
著書の44ページの上段では、左側にKJ聖書の第一ヨハネ5・7、8の訳文が、右側にはRV聖書の訳文が対比され、その説明として、スミスはこう述べています。

スミス
《スミス》
「この改訂英語聖書(RV)は…KJ聖書の6節の後半部分を取ってRV聖書の7節とした。

 そのバランスを取るために、KJ聖書の7節は静かに除去され、それについては一言も述べられていない


 改訂者らが行った"変更"は、次の通りです。
スミスの本


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4
ギリシャ語の文法違反しているWH本文

 ウェストコットとホートが作ったWH本文は、本来の第一ヨハネ5・7が消し去られたために、ギリシャ語の文法違反する文章になっています。
 この箇所で、彼らがTR本文から《削除した部分》は、次の通りです。《図1

TR本文のギリシャ語

 "変更"されたこの箇所のWH本文は、次の通りです。《図2

WH本文のギリシャ語

 その結果、TR本文の中にある「御父」と「みことば」という「二つの男性名詞」も削除されたため、WH本文では「ギリシャ語の文法違反が生じました。
 トーマス・ホランド博士は、WH本文のような、本来の第一ヨハネ5・7削除されたギリシャ語本文が、ギリシャ語の文法違反となっていることを、こう説明しています。

「最強の証拠は、そのギリシャ語本文自体の中に見出されます。
 (2WH本文の)第一ヨハネ5・8を見ると、三つの中性名詞御霊、水、血)があります。
 ところが、それに先行する7節の「証言者たち」男性名詞です。
 ギリシャ語を知っている人なら理解できることですが、これは文法上不適切なものです。
 さらに注目すべきこととして、6節には「御霊」という中性名詞に対応するものとして、同じ「証言者」というギリシャ語がありますが、これは、中性名詞となっています。
 それなのに、なぜ(WH本文では)、8節の三つの中性名詞に対応する「証言者たち」男性名詞となっているのでしょう?

 その答えは、(1TR本文の)本来の第一ヨハネ5・7のみことばが存在するなら、わかります。
 その場合、「御父」「みことば」(御子)という二つの男性名詞があり、一つの中性名詞(聖霊)がそれに続きます。
 これらの語句の後に8節が続くなら、8節(TR本文中)の「証言者たち」がギリシャ語の男性名詞であるのは全く適切です。その前の7節に複数の男性名詞があるからです。
 ところが、(2WH本文では)第一ヨハネ5・7がそこにないので不適切なギリシャ語文法です」


 4世紀のナジアンゾスのグレゴリオスも、エドワード・フリーアー・ヒルズ博士フロイド・ノレン・ジョーンズ博士等も、この箇所の文法上の矛盾を指摘しています。
 マイケル・メイナード氏は著書の中で、「ナジアンゾスのグレゴリオス第一ヨハネ5・7削除反対した」と結論付けています。("A History of the Debate over 1 John 5:7-8")

 神の霊感によって書かれた真のギリシャ語本文に、ギリシャ語文法上の違反矛盾あり得ません
……………………………………………

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5
第一ヨハネ5・7保持する聖書・ 消された"聖書"

 次に、この第一ヨハネ5・7保持する聖書(TR本文に基づく聖書)と、第一ヨハネ5・7のみことばが消された"聖書"(WH本文に基づくもの)との訳文を対比させて見てみましょう。(UBS版/ネストレ版本文はWH本文に基づいています。黄色下線部が消されています)

TR本文に基づく第一ヨハネ5・7、8の訳
キング・ジェームズ版聖書 「7 For there are three that bear record in heaven, the Father, the Word, and the Holy Ghost: and these three are one.
 8 And there are three that bear witness in earth, the spirit and the water and the blood…」(KJ版聖書)


新約聖書A5 「7 というのも、天において証言者は、御父、みことば、そして聖霊の三者であり、これら三者一つであり
 8 また、地において証言者は、御霊と水と血の三者であり、…」TR 新約聖書

WH WH本文(1881年)に基づくRV英語聖書:第一ヨハネ5・7、8の訳
ウェストコットホートスミス
RV 「For there are three who bear witness, the Spirit, and the water, and the blood: and…」(RV
(「証しするものが三つある。御霊と水と血である。…」)

UBS版/ネストレ版本文(WH本文)に基づく第一ヨハネ5・7、8の訳
「 7  For there are three that testify:
 8 the Spirit, the water and the blood; and…」(NIV
(「証しするものが三つある。御霊と水と血である。…」)

 こうして明らかなように、WH本文に基づく聖書にも、その本文を土台とするUBS版/ネストレ版本文に基づく聖書にも、三位一体を明記する第一ヨハネ5・7の次の部分が存在しません

天において証言者は、御父、みことば、そして聖霊の三者であり、これら三者一つであり、また、地において

 スミスが「KJ聖書の7節は静かに除去され、それについては一言も述べられていない」と記した通り、この箇所のみことばは、何の注釈もないまま消し去られたのです。




神は保持され、認証された

 これまで見てきたように、テルトゥリアヌス(紀元155年〜220年)も、キプリアヌス(紀元200年頃〜258年)も、プリスシリアン(紀元340年〜385年)も、アウグスティヌス(紀元354年〜430年)も、イダシウス(スペイン人の高位聖職者。紀元350年頃)も、ビジリウス(北アフリカの司教。紀元485年)も、ビクター・ビテンシス(アフリカ人司教)も、この第一ヨハネ5・7読んで知っていました
 紀元484年のアフリカのカルタゴにおける教会会議に集った大ぜいの高位聖職者たちも、この第一ヨハネ5・7読んで知っていました
 さらに、紀元120年に形成されたワルドー派の教会の人々シリア・アンティオケの宣教者たちから、この第一ヨハネ5・7のみことばを伝えられて知っていました
 彼ら聖徒たちはみな、それが神の真のみことばであると知っており、信じており、告白していました
 こうして、使徒ヨハネが書き記した第一ヨハネの手紙第一ヨハネ5・7を含む)の本文は、ワルドー派の教会の聖徒たちを通し、また、アフリカおよびスペインの聖徒たちを通して、ラテン語本文の中に保持されてきました。
 そして1522年、このみことばはTR聖書本文(Textus Receptus)の中に組み込まれ、現代にまで伝えられています。
 歴史の中で、この第一ヨハネ5・7のみことばを"消し去ろう"とするさまざまな改ざんの動きが生じましたが、ご自分の摂理により、このみことばを現在に至るまで保持してこられたのです

 さらに、神の御子イエス・キリスト、このみことばを含むTR聖書本文を認証してくださいました。
 ですから、人間の知性をはるかに超越した神の摂理のもとで、神の大いなる恵みにより、現代の聖徒たちも神のこの真のみことばを確信を持って読むことができるのです。

第一ヨハネ5・7の流れ
Johannine Comma _1 John 5:7

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改ざん聖書の最終目的地 !!



聖書の歴史U WH本文に由来する"聖書"
  1. 改ざん聖書のルーツ本質
    現代の新約聖書のルーツは、19世紀後半、イギリスで二人の熟練した降霊術者が作った新約聖書本文です。
    降霊術者らが作った"聖書"

  2. 福音派・保守派の人々はだまされた!!
    真実隠蔽! それは聖書不信者・キリスト不信者向けの"聖書"でした。
    聖書を信じる人々、キリストを信じる多くの聖徒たちだまされてきました
    リベラル派ユニテリアン向け"聖書"

  3. 超重要聖句が読めなくされた"聖書"
    このみことばを一度も読んだことがない人が多いはずですが、これは超重要聖句神のことばです!
    聖書信者読めない重要聖書箇所
    1ヨハネ5・7 保持する聖書消された"聖書"

  4. 改ざん聖書の最終目的地 !!
    改ざん聖書は、どこに向かっているのでしょうか?
    現代の新約聖書の歴史 _三段階の流れ
    "一つの世界宗教"のための "一つの世界聖書"




日本語"聖書"WH本文》 WH本文を土台とする日本語"聖書"
福音派・保守派の人々はだまされた!!

 19世紀後半、イギリスで二人の熟練した降霊術者ウェストコットホートが、WH本文と呼ばれる新約聖書本文を作りました。
 そして、この二人が主導する1871年〜1881年の『聖書改訂委員会』により、このWH本文を土台とする最初の英語聖書RV(Revised VersionまたはERV)が作られました。
リベラル派向けWHリベラル派向けRV
 英語聖書RVを初め、19世紀後半以降に登場した現代の数々の新約聖書日本語聖書も)は、このWH本文を土台として作られています。ネストレ版本文もUBS版本文もWH本文を土台として作られています)

 WH本文に由来するおもな日本語新約聖書は以下の通りです。(→新約聖書と本文現代の新約聖書の歴史 _三段階の流れ参照)
(1881年〜)
  • 『大正改訳 新約聖書』(1917年〜)(WH聖書本文、ネストレ版本文)
  • 『口語訳聖書』(新約 1954年〜)(ネストレ版本文)
  • 『新改訳聖書』(新約 1970年〜)(ネストレ版本文)
  • (1975年〜)
  • 『共同訳聖書』(新約 1978年〜)(UBS版本文)
  • 『新共同訳聖書』(新約 1987年〜)(UBS版本文)
  • (2008年〜)
  • 『新改訳2017』(新約 2017 年〜)(ネストレ版本文・UBS版本文)
  • 『聖書協会共同訳』(新約 2018年〜)(UBS版本文)


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