聖書の歴史 C-2 聖書の歴史 目次 

《 新約聖書本文TR回復させたエラスムス 》

フロイド・N・ジョーンズ博士

TRを確立した最高の学者
 キング・ジェームズ版聖書が土台としている『ギリシャ語新約聖書』は、1516年、スイスのバーゼルで、有名なオランダ人デシデリウス・エラスムスの編集の下で初めて印刷されました。

エラスムスによる新約聖書本文 TRの編纂 1516,1522年
《エラスムス》
エラスムス
ステファヌスによるTRの編纂 1550年
ベザによるTRの編纂 1598年
エルセビル兄弟によるTRの編纂 1624,1633年
F.H.A.スクリブナー博士によるTRの編纂 1881年
TRの編纂

多数派写本群
99%超の多数派写本
    
  
   
  

TR本文の確立
新約TR本文

 エラスムスは、当時の知的巨人であり、非常に著名な無比の学者でした。
 エラスムスは、数々の図書館を訪れ、著作物を収集して比較し、そして出版するという働きに関わり続けました。注1
エラスムス
《エラスムス》
 ヨーロッパは、彼の数々の著作によって、まさに揺さぶられたのです。
 彼はギリシャ語の写本分類し、また、「教父たちの著作」も読みました。
 (「教父たちの著作」とは、初代教会の牧師たちによって書かれた手紙などであり、新約聖書のほぼ全体から取られています)
 イギリス国王は、エラスムスに王国のどんな地位でも与えようとしました。
 ドイツの皇帝も、同じようにしました。
 実際、ローマ教皇(法王)も彼に枢機卿の地位を与えようとしました。
 しかし、エラスムスは自分の信念あるいは良心に妥協しようとはせず、それらの申し出をきっぱりと断りました。
 フランスとスペインは彼を自国に誘い、オランダは彼を最も優れた国民として誇りました。
 彼の労苦により次々と本が発行され、それらの著作物は、圧倒するばかりに大ぜいの人から求められました。
 彼の頂点となる著作が、『ギリシャ語新約聖書』TR本文)でした。
新約TR本文
 一千年の時を経て、ついに、新約聖書がその原語で印刷されたのです(1516年)。
 ヨーロッパが、純粋な福音を読めるようになったのです。
 1521年八月十三日、エラスムスはピーター・バルビリウスに宛てた手紙で、こう書きました。注2

 「私はこの新約聖書最善を尽くしました」

 よく考えてみてください。文明世界における最高の学者が、この作品こそ自分の「最高のもの」であると言ったのです。

● 写本の分類
 エラスムスは「ラテン語新約聖書」をすでに翻訳しており、また、この働きの準備として、数多くのギリシャ語写本から、「他のものとは異なる読み方」(改ざん箇所)も収集していました。
 彼はヨーロッパのいたるところを旅して数々の図書館を訪れ、写本の読み方を収集することが可能な、どんな人物をも訪ねていました。
 エラスムスは彼の見出したことを整理し、それらの「異なる読み方」に関して自分用にメモを記していました。
 彼はそういう旅をして、数百もの写本に接するようになり、それらを二つのグループに分類しました。
 彼が「偽物」とみなしたグループと、「本物」とみなしたグループです。注3
 その「偽物」のグループは全体の中では小さなパーセンテージであり、おもに『ラテン語ウルガタ聖書』の読み方と合致していました。

 数百もの写本の中で、90〜95パーセントは、同じ本文のものでした。
 エラスムスはこのグループを、神のお与えになった「本物の本文」を含んでいるものと判断したのです。

本物とみなしたグループ

    
  
   
《 エラスムスの接した
 数百もの写本 》


偽物とみなしたグループ

《オリゲネス》
オリゲネス
オリゲネス聖書
《オリゲネス自作の旧新約聖書》(三世紀)
↓     
↓     
↓     
エウセビウスの「50冊の聖書」(331年)
『ベラム皮紙』『エウセビウス-オリゲネス版』聖書
↓     
↓     
ヒエロニムス作成の「ラテン語ウルガタ聖書」

神の摂理とエラスムス
 1515年、エラスムスが『完全なギリシャ語新約聖書』を収集する目的でスイスのベーゼルを訪れた時、「その初版のために彼がそれまで持っていたのは十の写本でした。そのうちの四つは、彼がイギリスで見つけたものであり、五つはベーゼルで見つけたものでした」注4
 自然主義の批判者たちは、エラスムスがベーゼルにあったこの数少ない写本を用いることができたのは、単なる偶然であったと考えています。
 しかし、彼らは、神の摂理聖書の歴史Aを参照)を十分考慮に入れていません。
 すなわち、神はご自分のことばを見守られると約束されたことをです。
 エラスムスが出版した『ギリシャ語本文』は、本当は彼自身のものではありませんでした。
 その本文は、彼が自由に使えるようにと神が摂理的に置いてくださった数少ない写本から、実質的に変更なしに取られたものでした。
 それらの写本に含まれていた本文が、最終的には、TR(テクストゥス・レセプトゥス。Textus Receptus 受け入れられた本文)として知られるようになったのです。
 そのことをはっきり示すために、故ハーマン・C・ホスキアー氏のことばを引用することにします。
 ホスキアー氏は、『ヨハネの黙示』の本文を含むほとんどの入手可能な写本を照合する働きに、三十年間を費やした人です。
 ホスキアー氏は、彼が調べた200以上の現存する写本に基づいて、こう結論を下しました。注5

 「もしエラスムスが、世界に存在するすべての写本に基づいて一つの本文を作り出そうと努めてきたとすれば、彼にはこれ以上の成功はあり得なかったであろうと言えます」

 ジャック・ムアマン氏が述べているように、このことはまさに、神が真の本文を保持されるという、の導いておられる摂理の明確な一例なのです。注6
………………………
注1)D.O.Fuller,"Which Bible?", pp.225-226
注2)James Anthony Froude,"Life and Letters of Erasmus" ,p.294
注3)Frederick Nolan,"An Inquiry into the Integrity of the Greek Vulgate or Received Text of the New Testament" ,p.413
注4)P.Smith,"Erasmus:A Study of His Life,Ideals and Place in History" ,p.163  スミス博士はコーネル大学の歴史学教授でした。
注5)Herman C.Hoskier,"The John Rylands Bulletin", p.118
注6)Jack A.Moorman,"When The KJV Departs From The 'Majority'Text",p.26


《出典 : Floyd Nolen Jones,"Which Version Is The Bible?"[2006年] 》  

さらに深い理解のために(英語)
フロイド・ノレン・ジョーンズ博士の著書
→ "Which Version Is The Bible?"(2010年版) p.52~[PDF]

テクストゥス・レセプトゥスについて(ディビッド・B・ローラン)
Textus Receptus

聖書の版/Textus Receptusについて
Bible Versions(目次)

エラスムスとTRについて(textus-receptus.com)

フレデリック・ノラン博士の新約聖書の本文についての著作
An Inquiry into the Integrity of the Greek Vulgate, or Received Text of the New Testament

TRについて( G. W. and D. E. Anderson )
The Received Text:A Brief Look at the Textus Receptus



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