聖書の歴史 A-2 聖書の歴史 目次 

《 聖書に関して神ご自身が約束しておられること 》

フロイド・N・ジョーンズ博士

 神が、ご自分のことばをお与えになり、またそれを守られる約束された箇所を見て見ましょう。

「ヤーウェは私に言われた。
『あなたは良く見たものだ。私は、私のことばがそれをするよう、私のことばを見張っているからである』」
(エレミヤ1・12)

 ここで神は、ご自分のことばがそれをするよう見張っている、と言っておられます。ご自分が言われたことを実現させるためにです。

イエス様はこう言われました。

「天と地は過ぎ去ります。しかし、私のことばは決して過ぎ去りません(マルコ13・31)

 神は、神のことばが最初に書き記された、何らかの材質の「紙」を守ると約束されたわけではありません。
 彼は、ご自分のことば過ぎ去ることはないと言っておられるのです。
 ですから、この約束により、「私たちが神のことばを、この地球上で今もなお持っている」のでなければならないことになります。

イエス様はまた、こう言っておられます。

「姦婦の、そして罪深いこの世代にあって、私と私のことばとを恥とした人なら、人の子も、彼の父の栄光の内に聖なる御使いたちとともに来る時に、その人を恥とするようになるからです」(マルコ8・38)

 もし神がご自分のことばを保持しておられないなら、なぜ、上記のみことばを言われたのでしょう?

「主の語られたことばは永遠にとどまっている(第一ペテロ1・25)

 これはイザヤ40・8から直接引用したものです。神は、ご自分のことば永遠にとどまっていると言われたのです!
 彼は、その最初の「紙」(あるいは石、ベラム皮紙)が永遠に存続すると約束されたわけではありません。
 そうではなく、そのことばを永遠に保持する約束されたのです。

イエス様はこう言われました。

「聖書が廃棄されることはあり得ない」(ヨハネ10・35)

 こうして私たちは、神の多くの約束に基づき、「私たちは、全能の神の、全く誤りのない生けるみことばを持っている」と、はっきり宣言するのです。

しかし、さらにそれ以上のことがあります。

「ヤーウェのことばは、純粋なことば。地の炉で精錬され、七度純化された銀。
 ヤーウェよ、あなたは、それを守られます
 あなたは、この世代から永遠に、それを保たれます
(詩篇12・6、7)

 これは神からの約束なのです!
 クリスチャンであるみなさん、あなたはこれを信じているでしょうか?
 神は、ご自分がそれを保つと言っておられるのです。
 彼は、その最初の原文を純粋で誤りのないものとして与える、と約束されただけではないのです。
 彼は、その本文を永遠に保つと約束されたのです!

(1)手書きの新約聖書原本/原文
「原本/原文」=マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ、パウロ、ヤコブ、ペテロらがギリシャ語で手書きしたもの。
巻物

(2)本文が書き写された数多くの写本
「本文」=最初の聖書記者たちが書き記した原文通りのギリシャ語の語句、文字配列、「読み方」
「写本」=各書物の原文を、多くのクリスチャンたちがパピルス紙などに書き写した巻物や断片など。
  
 
  

(3)新約聖書のギリシャ語本文 TR
「TR」=99%以上の写本と合致する新約聖書本文。1516年、エラスムスにより世界で初めて集大成された。
trbible


「この私を退け、私の語ることばを受け入れない者は、自分を裁くものを持っているのです。 私が話したことば、それが最後の日にその人を裁くことになるのです」
(ヨハネ12・48)

 神のことばが私たちを裁くことになるのに、神は、「私たちに与えておきながら、その後で途中で無くしてしまわれたもの」によって私たちを裁くようになる、と私たちは信じるべきでしょうか?
 もし、それらのことばが「もはや信頼できないもの」であるとするなら、そういうことばによって神が私たちを裁くのは、神にとって正当かつ公正なことでしょうか?
 すなわち、私たちの案内役となるものが百パーセント信頼できるものではないのに、神は私たちに責任を取らせるのでしょうか?

マタイ5・18では、イエス様は、神のことばの「一点あるいは一画も…決して過ぎ去らない」と言われました。
 彼は、特に旧約聖書のことを語られました。
 イエス様は、神のことばのどんなに事細かなことであっても、それは真実であり、誤りのないものである、と言われたのです。
 その時、彼は、旧約聖書の最初の原文をさして言われたのではなく、そのコピー(写本)のコピーの、そのまたコピーをさして言われました。

「私があなたがたを御父に訴えるようになると思ってはいけません。あなたがたを訴える者がいます。モーセです。あなたがたが望みをかけてきた者です。
 なぜなら、もしあなたがたがモーセの言うことを信じていたなら、私の言うことを信じたはずだからです。なぜなら、彼が書いたのは、この私のことだからです。
 けれども、あなたがたが彼の書物を信じていないなら、どうしてこの私の語ることばを信じるようになるでしょう?」
(ヨハネ5・45〜47)

 イエス様は「原本」のことを言われたのでしょうか?
 ちがいます。なぜなら、人々はその原本を持ってはいなかったからです。
 彼らが持っていたのは、原本コピー(写本)のコピーのコピーでしたが、それなのにイエス様は、その「一点あるいは一画も」変更されてはいないと言われたのです。
 もし、「神は、原本が純粋なものであると約束されただけである」とすれば、イエス様は聖書についての評価を誤ったことになります。
 もし聖書に関するイエス様のこの言明が不正確であることになれば、彼は主ではないことになり、もはや全知の方ではなく、もはや神ではないことになってしまいます。

「あなたがたは聖書を探っています。
 あなたがたは、その聖書によって永遠の命を持っていると思っているからです。
 そして、その聖書は私について証言しているものであるのに、あなたがたは命を持つようになるために私のところに来ようとしてはいません」
(ヨハネ5・39、40)

 聖書の究極的な目的は、ここにもある通り、私たちをキリストに導くことです。そして、私たちの人生の案内役となることです。
 もし聖書が不正確なものであるとするなら、もし聖書が変えられたり改ざんされたりしてきたとするなら、もし聖書が失われて私たちがもはや神のことばを持ってはいないとするなら、私たちはどうやってキリストのもとに来ることができるでしょう?
 というのも、聖書こそが、主なるイエス様を証言するための聖霊の手段だからです。

 以上、私たちは、聖書本文が保持されていくと信じることは、聖書の根本的な教えであることを聖書から明らかにしてきました。
 そして、これらの多くの約束の文脈で述べられているのは、「神のことばは、どこかの洞穴か砂漠の壺の中に保持されているが、何百年にもわたって行方不明となっており、発見されて回復されるのを待っている」というものでもありません。
 第二テモテ3・16、17で非常にはっきりと書かれている通り、霊感されたみことばは、神により、キリストの体への寄託物として与えられたのです。
 それは、「神の人が、あらゆる善いわざのために完全に整えられた、完全な者となるため」です。
 ですから、ここに述べられている目的、神が私たちに彼のことばをお与えになったその目的を達成するためには、主の弟子たちが神のことばをいつでも利用できる状態でなければならないのです。


《出典 : Floyd Nolen Jones,"Which Version Is The Bible?"[2006年] 》  

さらに深い理解のために(英語)
フロイド・ノレン・ジョーンズ博士の著書
Which Version Is The Bible?[2010年版] p.1~,170~,181~[PDFファイル]
聖書の保持について
Bible Preservation
聖書の保持/写本について
W・マクレアン師
Rev. W. MacLean (1983)によるギリシャ語聖書本文の摂理的保持について
THE PROVIDENTIAL PRESERVATION OF THE GREEK TEXT OF THE NEW TESTAMENT



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