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WH本文に由来する"聖書"4

"一つの世界宗教" のための "一つの世界聖書"

改ざん聖書の最終目的地 !!


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プロテスタント&カトリック向けの"聖書"

ヨハネ23世
ヨハネ23世
  • 1958年10月28日、カトリック教会の教皇としてヨハネ23世注1aが即位しました。
    (在位は1958年〜1963年。彼はフリーメーソン注1bの教皇でした)
  • ローマ教皇となってから三ヶ月もたたない1959年1月25日、ヨハネ23世は第二バチカン公会議(1962年開始、1965年終了)の開催をアナウンスしました。
    それは、従来のローマ・カトリック教会を一変させることになる会議でした。
  • 第二バチカン公会議が始まる1962年10月11日より前に彼らが抱いていた目標のいくつかは、以下の通りでした。

    • エキュメニカル運動の推進: 諸宗教受容、そして「一つの世界宗教拡大させる」こと。
    • 聖書に関しては、「新たな数々の聖書書き続けて、それらがプロテスタントの聖書と同じものとなるようにする」こと。

    そのような聖書を作ることは、エキュメニカル運動の進展のために大きく貢献することになります。

  • パウロ6世
    パウロ6世
    1963年、ヨハネ23世の死去により、パウロ6世注1cが新たに教皇に就任しました。
    (在位は1963年〜1978年。彼もフリーメーソンの教皇でした)
  • 1964年、まだ第二バチカン公会議が開かれていた時期に、UBS聖書協会世界連盟)およびローマ・カトリック教会の指導者たちが、オランダ中央部に位置するドリーベルゲンで会合を持ち、聖書の『共通本文についての提案がなされました。
    また、UBSとヨーロッパ諸教会の指導者たちとの会合も持たれ、すべてのキリスト教徒向けの聖書翻訳の『一つの源泉』とするべき『共通本文』を、ローマ・カトリック教会を含む全教会の共同作業によって準備することが宣言されました。

  • マルティニ
    カルロ・マルティニ
    1965年、第二バチカン公会議でそのことが批准され、公会議は終了しました。
    公会議が終了すると、その同じ年に、パウロ6世は彼らの目標を実行し始めました。
    1965年、パウロ6世UBSギリシャ語新約聖書編集委員会での働きに就かせるべく、聖書学者カルロ・マルティニ(1927年〜2012年)に任務を委託しました。(ディビッド・ダニエルズ著 "Why They Changed The Bible"[なぜ彼らは聖書を変えたのか]参照)
    また、同年、パウロ6世新たなラテン語ウルガタ聖書の作成も認可しました。(後述)
……………………………………………
注1aMexican Freemasons Mourned For John XXIII's Death
    Pope St. John XXIII
注1bMASONRY PROVEN CONCLUSIVELY TO BE…
注1cPope St. Paul VI


1966年: UBS総裁マイケル・ラムゼイとの会見
マイケル・ラムゼイ
マイケル・ラムゼイ

 1966年、パウロ6世は、UBS聖書協会世界連盟)の総裁であったマイケル・ラムゼイ(1904年〜1988年)と会見しました。
 マイケル・ラムゼイは、イギリス国教会のカンタベリー大主教(1961年〜1974年在位)でもあり、WCC(世界教会協議会。『エキュメニカル運動』の推進団体)の委員の一人でもありました。
 彼はイギリス国教会の聖職者たちとともにローマ教皇のもとを訪れ、パウロ6世指輪に口づけしました。注2
 セント・ポール大聖堂(聖パウロ大聖堂)はイギリスのロンドンにあるイギリス国教会聖堂です。
 その天井に、フリーメーソンシンボルがあります。
 ウォルター・J・ヴェイス博士はこう述べています。

 セント・ポール大聖堂(聖パウロ大聖堂)の天井は、フリーメーソンの由々しいシンボルを明示しています。
 すなわち、『すべてを見る目』と『コンパス』と『方形』です。
聖パウロ大聖堂の天井
聖パウロ大聖堂の天井
(クリックで拡大)
 
 1966年、UBS聖書協会世界連盟)の総裁でもあったマイケル・ラムゼイは、イギリス国教会の聖職者たちとともにバチカンを訪れ、パウロ6世と会見しました。
 翌年の1967年、マイケル・ラムゼイはアメリカを訪れた際、1966年のパウロ6世との会見に言及して、こう言いました。

教皇と私は、(バチカンの)あのサン・ピエトロ大聖堂で腕を組んで歩き、そこで、私たちは身をかがめ、教会を統一するという働きに献身することを表明した。
マイケル・ラムゼイ
マイケル・ラムゼイ
+ パウロ6世
パウロ6世
 我々がイギリス国教会カトリック教会だけを統一していこうという意味ではなく、すべてのキリスト教界および世界のすべての教会統一していこうという意味である。
 それらを統一するということの意味は、我々が数々の教派の間に外交上の承認を確立していくということだけではなく、我々がそれらすべての教会一つの教会へと統一させていくということである。
 それこそが、今日の私たちの前にある働きである。
 すなわち、キリスト教界すべて、聖なるカトリック教会へと統一することである」注3

…………………………

注2) Don Stanton, Mystery Babylon, Secunderabad: Maranatha Revival Crusade, April 1981
注3) Ecumenicalism under the Spotlight, Challenge Press, pp. 22-23(M.L. Moser, Jr.氏による引用)


1967年: カトリック教会UBSの本文編集に参画

 そして1967年、パウロ6世は聖書学者カルロ・マルティニUBS『聖書協会世界連盟』)に送り、新約聖書本文の編集に携わらせる働きを開始しました。
 プロテスタント&カトリック向けの聖書》を作り出すため、すべての教会カトリック教会へと統一させていくために、です。
ローマ教皇パウロ6世
パウロ6世
マルティニ
聖書学者マルティニ
カトリック聖書

矢印
マイケル・ラムゼイ
マイケル・ラムゼイ
UBSの新約聖書編集委員会
メッツガー
メッツガー
アーラント
アーラント

 教皇パウロ6世UBSの新約聖書を編集させるために送ったカルロ・マルティニは、こういう人でした。
 
カルロ・マルティニ(1927年〜2012年)
マルティニ
カルロ・マルティニ
  • 彼はバチカンの優れたギリシャ語学者であり、1969年には教皇庁聖書学院の学長になりました。進化論ほか、カトリック独自の数々の教義を推し進めました。彼はイエズス会の会士でした。
  • 彼はミランの大司教(1979年)となりました。彼は、ヨーロッパの13万3千のカトリック教会を代表するヨーロッパ司教評議会の議長でした。
  • 彼は、カトリック枢機卿(1983年)となりました。
  • 彼は、『ニューエイジ、一つの世界宗教』を推進させるべく世界中から100人を越える宗教指導者たちから成る統合会議を招集しました。
  • 彼は、すべての教団および宗教カトリック的統合へ導こうとするエキュメニカル運動および統合運動推進の急進派でした。
  • 彼は、ヨハネ・パウロ2世の後継の教皇となるであろうと目されていました。
( Michael De Semlyen,"All Roads Lead to Rome?: The Ecumenical Movement", ディビッド・ダニエルズ著 "Why They Changed The Bible"[なぜ彼らは聖書を変えたのか]参照)

 カルロ・マルティニは、UBSの新約聖書編集委員との共同作業を1967年から2002年まで約35年間続けました。

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2
1975年: プロテスタント&カトリック向け聖書本文UBS第3版の登場

 1975年にUBS聖書協会世界連盟)から発行されたギリシャ語新約聖書第3版は、プロテスタント&カトリック向けの最初の"聖書本文"でした。
 マイケル・D・セムリエン氏はこう述べています。

ubsbible
《第3版》
1975年
「1975年発行のUBSギリシャ語新約聖書(本文)の《第3版》は、それ以前に作られた聖書本文の完全な改訂版であり、カルロ・マルティニおよび彼の四人の同僚によってなされた500箇所以上の変更が盛り込まれています
( Michael De Semlyen,"All Roads Lead to Rome?: The Ecumenical Movement",p200)

 ディビッド・ダニエルズ氏はこう述べています。

1968年から1979年までの間に、本文を変更するための新たな発見や大きな新たな証拠何もありませんでした
 それなのにマルティニを含むUBSギリシャ語新約聖書の編集委員会は、そのギリシャ語の本文500以上の変更を行いました。
(ディビッド・ダニエルズ著 "Why They Changed The Bible",p122[なぜ彼らは聖書を変えたのか]参照)



1979年: プロテスタント&カトリック向け聖書本文ネストレ第26版の登場

 1979年には、このUBS第3版]と完全に同一のネストレ版本文も、[UBS第3版]に"準拠"したラテン語本文も作られました。

「1965年に教皇パウロ6世によって認可された新たなラテン語ウルガタ聖書が、バチカンによって発行され、ドイツ聖書協会(UBSのメンバー)から1979年に出版されました。
 それには、修正されたラテン語本文が付いており、その本文は、その同じUBSギリシャ語新約聖書の第3版に"準拠"したものでした。
新たなラテン語ウルガタ聖書
新たなラテン語
ウルガタ聖書

1979年

矢印
ubsbible
《第3版》
1975年

 同じ1979年、ドイツ聖書協会はネストレ-アーラントギリシャ語新約聖書の第26版を出版しました。
 そのギリシャ語本文は、UBSギリシャ語新約聖書の第3版完全に同一の本文です。

《第26版》
1979年
= ubsbible
《第3版》
1975年

 New International Version(NIV)の新約聖書はUBS/ネストレ-アーラント版のギリシャ語新約聖書に基づいており、NRSV、NASV、REV、The Good News Bibleなどの現代の大多数の翻訳聖書も同様です」
( Michael De Semlyen,"All Roads Lead to Rome?: The Ecumenical Movement",p201)



WH本文に基づく"新約聖書"

 UBS聖書協会世界連盟)の編集委員会を代表するメッツガーはこう述べています。

UBSギリシャ語新約聖書を作成した国際委員会は、ウェストコットとホートの本文WH)をその土台の本文として採用しただけでなく、彼らの方法論にも従った…」

 このように、マルティニおよび編集委員たちは、ウェストコットとホート作成のWH本文を土台の本文としてUBS版本文やネストレ-アーラント版本文を作成しました。
WH本文

矢印
ubsbible

 さらにカトリック教会でも使用可能な"聖書本文"へと変えるべく、「1968年から1979年までの間」だけでも、「そのギリシャ語の本文500以上の変更を行いました。マルティニは、2002年までこの働きを続けました。

 こうして、プロテスタント&カトリック向けの聖書本文》が作り出されました。
 ただし、実際は、リベラル派ユニテリアン&カトリック向けの聖書本文です。



カルロ・マルティニ本文編集に加わる

 カルロ・マルティニが新約聖書の本文編集に加わるの相違は次の通りです。

マルティニ本文編集に加わる
ウェストコット
ウェストコット
WH本文 ホート
.ホート

矢印
メッツガー
メッツガー
アーラント
アーラント

ubsbible
プロテスタント向けの本文》
(実際は、リベラル派ユニテリアン向けの本文)


矢印
マルティニ本文編集に加わった
ウェストコット
ウェストコット
WH本文 ホート
.ホート

矢印
マルティニ
マルティニ
メッツガー
メッツガー
アーラント
アーラント

ubsbible
《第3版》以降
=
《第26版》以降
プロテスタント&カトリック向けの本文》
(実際は、リベラル派ユニテリアン&カトリック向けの本文)


矢印


旧約聖書の本文
ビブリア・ヘブライカ
新たなラテン語ウルガタ聖書
ビブリア・ヘブライカ+モルモン教
 旧約聖書に関しては、ヘブル語本文ビブリア・ヘブライカ(1906年登場)がすでに存在していましたが、バチカンUBSの1968年からの作業により、1977年に新たなヘブル語本文ビブリア・ヘブライカBHS)が共同出版されました。

 1979年に、カトリック教会"新たな"ラテン語ウルガタ聖書"Nova Vulgata"を作りました。
 これは、UBS第3版のギリシャ語新約聖書と1977年の新たなヘブル語旧約聖書(BHS)に基づく"新たな"ラテン語ウルガタ聖書です。

 2008年にはモルモン教の教職者もUBS聖書本文の編集に加わり、新たな旧約聖書本文(BHQ:ビブリア・ヘブライカ・クインタ)も作られました。

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3
現代の新約聖書の歴史 _三段階の流れ

 1881年に登場した英語"聖書"RV以降の新約聖書の歴史を三つの段階にまとめると、こうなります。

1リベラル派+ユニテリアン
 リベラル派+ユニテリアン向けの本文と聖書
(1881年〜)

そもそもRVは、TR本文を敵視していたリベラル派降霊術者ウェストコットとホート、およびユニテリアンらの人々により、リベラル派とユニテリアン向けのものとして作られました。
リベラル派向けRVリベラル派向けWH

その後、RVの土台となった聖書本文WH(ウェストコットとホート作成)からは数々の"聖書"が生まれました。
 それらの新たな"聖書"は、同じくユニテリアンの人々が支配的であった『英国外国聖書協会』(その後、UBSに改称)を通して世界中で発行されていきました。(→聖書協会TBSUBS参照)

このWH本文を土台として、リベラル派の人々(メッツガー、アーラントなど。《現代の数々の聖書を編集するリベラル派の人々》参照)UBS版聖書本文とネストレ-アーラント版聖書本文を作りました。
 こうして、《プロテスタント向けの本文と聖書》(実際は、リベラル派ユニテリアン向けの本文と聖書)が登場しました。
ubsbible

 ですから、それは、リベラル派+ユニテリアン向けの聖書です。


2+カトリック
 リベラル派+ユニテリアン+カトリック向けの本文と聖書
(1975年〜)

 第二バチカン公会議の後、カトリック教会はカルロ・マルティニUBSの新約聖書編集委員として送りました。
マルティニ
マルティニ
メッツガー
メッツガー
アーラント
アーラント
 こうして、《プロテスタント&カトリック向けの本文と聖書》(実際は、リベラル派ユニテリアン&カトリック向けの本文と聖書)が登場しました。
ubsbible
《第3版》以降
=
《第26版》以降

 ですから、それは、リベラル派+ユニテリアン+カトリック向けの聖書です。


3+モルモン教
 リベラル派+ユニテリアン+カトリック+モルモン教向けの本文と聖書
(2008年〜)
モルモン教 ジョセフ・スミス
ビブリア・ヘブライカ+モルモン教

 2008年にはモルモン教の教職者も旧約聖書本文の編集に加わりました。
 このように、現代の数々の聖書は、もともとはリベラル派ユニテリアン向け"聖書"でしたが、その後、カトリック教会モルモン教本文の編集に加わって作られています。
 ですから、それは、リベラル派+ユニテリアン+カトリック+モルモン教向けの聖書です。





 この三つの段階の流れを図示すると、こうなります。

1リベラル派ユニテリアン向け"聖書"(1881年〜)


矢印

2リベラル派+ユニテリアン+カトリック 向けの"聖書" (1975年〜)


矢印

3リベラル派+ユニテリアン+カトリック +モルモン教向けの"聖書"(2008年〜)

 それは、さらに"進化"していくことでしょぅ。

矢印


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4
一つの世界聖書』

 やがて、この"聖書"は、『一つの世界宗教』のための『一つの世界聖書』となっていくことでしょう。
 ディビッド・ダニエルズ氏はこう述べています。

変換は完了しました
 "プロテスタントだけの"ギリシャ語本文・ヘブル語本文も、"カトリックだけの"ギリシャ語本文・ヘブル語本文あるいはラテン語本文も、(彼らにとっては)存在しなくなりました。
 今や存在するようになったのは、一つのギリシャ語本文一つのヘブル語本文、そして一つのラテン語本文です。
 すなわち、一つの世界本文(ヘブル語、ギリシャ語、ラテン語)です。
 それは、彼らが次に望んでいるもののために、です。
 つまり、一つの世界聖書を作り出すことです」
ディビッド・ダニエルズ著 "Why They Changed The Bible"[なぜ彼らは聖書を変えたのか])






イエス・キリスト認証された聖書

 1994年2月19日、聖書を学んでいたアラビア半島にある学校の教室で、神の御子イエス・キリストが10歳の子どもたち21人に同時に現れてくださいました。(詳細は→《イエス様が確証された本当の聖書》参照)
 その時、イエス・キリストは手にKJ版(キング・ジェームズ版)の金縁の聖書を持っておられました。

 それは非常に意味深い、重要な啓示でした。
 KJ版聖書は、旧約聖書はマソラ本文から、新約聖書はTR本文から翻訳されたものです。
 神の御子のイエス様は、
  • 旧約聖書はマソラ本文
  • 新約聖書はTR本文
こそが、神が認証しておられる本物の聖書本文であることを確証してくださいました。
(詳細は→《神に認証された聖書》参照)

イエス様認証された本当の聖書


+


"一つの世界宗教"のための"一つの世界聖書"
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聖書の歴史U WH本文に由来する"聖書"
  1. 改ざん聖書のルーツ本質
    現代の新約聖書のルーツは、19世紀後半、イギリスで二人の熟練した降霊術者が作った新約聖書本文です。
    降霊術者らが作った"聖書"

  2. 福音派・保守派の人々はだまされた!!
    真実隠蔽! それは聖書不信者・キリスト不信者向けの"聖書"でした。
    聖書を信じる人々、キリストを信じる多くの聖徒たちだまされてきました
    リベラル派ユニテリアン向け"聖書"

  3. 超重要聖句が読めなくされた"聖書"
    このみことばを一度も読んだことがない人が多いはずですが、これは超重要聖句神のことばです!
    聖書信者読めない重要聖書箇所
    1ヨハネ5・7 保持する聖書消された"聖書"

  4. 改ざん聖書の最終目的地 !!
    改ざん聖書は、どこに向かっているのでしょうか?
    現代の新約聖書の歴史 _三段階の流れ
    "一つの世界宗教"のための "一つの世界聖書"


日本語"聖書"WH本文》 WH本文を土台とする日本語"聖書"
福音派・保守派の人々はだまされた!!

 19世紀後半、イギリスで二人の熟練した降霊術者ウェストコットホートが、WH本文と呼ばれる新約聖書本文を作りました。
 そして、この二人が主導する1871年〜1881年の『聖書改訂委員会』により、このWH本文を土台とする最初の英語聖書RV(Revised VersionまたはERV)が作られました。
リベラル派向けWHリベラル派向けRV
 英語聖書RVを初め、19世紀後半以降に登場した現代の数々の新約聖書日本語聖書も)は、このWH本文を土台として作られています。ネストレ版本文もUBS版本文もWH本文を土台として作られています)

 WH本文に由来するおもな日本語新約聖書は以下の通りです。(→新約聖書と本文現代の新約聖書の歴史 _三段階の流れ参照)
(1881年〜)
  • 『大正改訳 新約聖書』(1917年〜)(WH聖書本文、ネストレ版本文)
  • 『口語訳聖書』(新約 1954年〜)(ネストレ版本文)
  • 『新改訳聖書』(新約 1970年〜)(ネストレ版本文)
  • (1975年〜)
  • 『共同訳聖書』(新約 1978年〜)(UBS版本文)
  • 『新共同訳聖書』(新約 1987年〜)(UBS版本文)
  • (2008年〜)
  • 『新改訳2017』(新約 2017 年〜)(ネストレ版本文・UBS版本文)
  • 『聖書協会共同訳』(新約 2018年〜)(UBS版本文)


以下のページもお読みください

  1. 《『読まなければよかったのにと思う
  2. リベラル主義聖書の教え
  3. ルシファーについての聖書の教えと啓示


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