聖書の歴史 D-2 聖書の歴史 目次 

《 第一世紀から始まっていた聖書の改ざん

フロイド・N・ジョーンズ博士

●多くの者たちによる改ざん
 第二コリント2・17は、パウロの時代に「多くの者たち」が聖書を改ざんしていたことを述べています。(D-1を参照)

「なぜなら、私たちは、神のことばに混ぜ物をしている、あの多くの者たちのようではないからです」(第二コリント2・17)

●アキラによる改ざん
 シノペのアキラ(紀元80年〜135年)は、占星術を捨てることを堅く拒んだことと、降霊術を行ったことで、クリスチャンの社会から除名されました。
 彼は、ローマ皇帝ハドリアヌスの統治時代(117年〜138年)に、ソロモンの神殿の跡地に、ジュピター(ローマの最高神)のための異教の神殿を建設する指揮を執り、かつて至聖所のあった場所にローマ皇帝のを据えました。注20
 アキラは旧約聖書をギリシャ語に翻訳した書物を新たに作り出し、その中で、メシア(キリスト)に関する多くの聖書の箇所を、それらが主なるイエス・キリストに当てはめるのが不可能であるように意図的に訳しました。注30
(教父イレナエウスはアキラを、『聖書をゆがめる邪悪な者』として激しく攻撃しました。『異端反駁論』第三巻)
 アキラは、マタイ1・23の「パルセノス(処女)」というギリシャ語は、処女マリアのことではなく、最初の本文(原文)に崩れがあることを表している、と推測しました。
 アキラによれば、その正しい理解は、イエス様は、マリアと、「パンセラス」という名の金髪のローマ兵(ドイツ生まれ)との間の私生児である、というものでした。

■新約聖書の時代から存在した聖書改ざん者たち
マルキオンによる改ざん(異端グノーシス派)による聖書の改ざん140年頃
アキラ(降霊術者 80年〜135年頃)による旧約聖書の改ざん
タティアヌスによる聖書の改ざん(2世紀)
無名の四人の改ざん者たち(175〜200年頃)
アフリカの書記者たちの改ざん(3世紀以前)

《オリゲネス》
オリゲネス
オリゲネス作成の旧約聖書:「ヘクサプラ」(245年)
オリゲネス作成の「ギリシャ語新約聖書」

●マルキオンによる改ざん
 教父たちの手紙と著作からは、紀元140年という早い時期に、グノーシス派(異端)マルキオンが教理上の目的から聖書の本文を意図的に改ざんしたことがわかります。
 それらの教会教父たちにより、二世紀半ばまでに聖書を腐敗させた人々の名前も挙げられています。

●聖書を改ざんした四人の異端者たち
 ガイウスは二世紀の終わり近く(175年〜200年ごろ)に文筆活動をした正統派の「教父」でした。
 ガイウスは四人の異端者の名前を挙げて、彼らが聖書本文を改ざんし、弟子たちにそのコピーを作らせたことを述べています。注1
 彼は、それらの写本が彼ら異端者自身の作品であり、彼らが「原本通りのもの」を作ることができなかったことで、彼らは自分の罪を否定することができない、と非難しました。
 ピッカリングが指摘しているように、もしガイウスも「原本通りのもの」を作ることが不可能であったとしたら、ガイウスのこの非難は空しいものであったはずです!注2
 したがって、それらの原本は、二世紀の終わりに、まだ利用できる状態であったことになります。

 現代の多くの学者たちは、聖書本文の「異なる読み方」のほとんどは、意図的に行われたことを認めています。
 実際、ギリシャ語写本の中に見出される「異なる読み方」のほとんどが紀元200年までに入り込んだことを示す証拠があるのです。

 スクリブナー博士は、こう述べています。

「新約聖書がこれまで受けてきた最悪の腐敗(改ざん)は、それが編纂されてから100年以内に始まったものです」注3

 それから半世紀以上の後、コルウェル氏もそれに同意して、こう述べています。

「圧倒的大多数の『読み方』は、紀元200年より前に創られました」注4

 G・D・キルパトリック氏は、こう述べています。

「ほとんどの意図的な変更は、すべてではないとしても、紀元200年までになされました」注5

 キルパトリックは、新たな異なる読み方を創り出すことが紀元200年ごろまでに終わった理由は、そのころには、それらを「売る」ことが不可能になったからであると論じています。
 彼は、オリゲネス聖書本文を変更しようとしたことも述べています。

初期の時代になされた変更のほうが、はるかに数が多かったことには、何の疑問もありません。…
 三世紀の初め以降は、本文を自由に変更することは、もはや不可能でした。
 私たちが現在知っている情報としては、本文を意図的に変更した最後の人物タティアヌスです」注6

 キルパトリックは結論として、こう述べています。

「二世紀の終わりには、クリスチャンたちの考え方は、聖書本文を意図的に変更(改ざん)することには堅く反対するようになっていました。…
 新約聖書の本文の意図的な変更のほとんどは、紀元200年より前のものでした。
 つまり、そういう変更は、紀元50年から200年の間に生じたのです」注7

 このように、意図的な変更が聖書本文中に挿入され、新たな「異なる読み方」が創られることは、紀元200年までに、ほぼ終了していたのです。
 そして、それ以後は、それ以上の害を被ることは、ほとんどなかったのです。
 こうして、古代のものをよしとする仮説は破棄されているのです。
……………………………
注1)Burgon,"The Revision Revised",pp.323-324
注2)Pickering,"The Identity of the New Testament Text",pp.109-110
注3) F.H.A.Scrivener,"A Plain Introduction to the Criticism of the New Testament",Vol.2,p.264,
    Pickering著書 pp.108-109
注4)Colwell,"The Origin of Texttypes of New Testament Manuscripts",p.138
注5)G.D.Kilpatrick,"Atticism and the Text of the Greek New Tesatmenr",pp.128-131
注6)同書 pp.129-130
注7)同書 p.131 


《出典 : Floyd Nolen Jones,"Which Version Is The Bible?"[2006年] 》  

さらに深い理解のために(英語)
フロイド・ノレン・ジョーンズ博士の著書
Which Version Is The Bible?[2010年版] p.155〜[PDFファイル]




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