聖書の歴史CX-1 聖書の歴史 目次 

《神の摂理TR

  聖書の教えに反する本文批評の歴史(CX1~13)から明らかなように、その本文批評(学)の間違いの原因は、聖書の教えに反するアプローチ(手法)を使って、他の古代文書の本文を扱うのと同じように聖書の本文を扱ったことでした。
 そのルーツは、次のような「不信者たちの新奇な提案」でした。(CX-3参照)

「我々の考え方を、キリスト教が真実であると決めつけることから始めないようにしよう。
 むしろ、プロテスタント、カトリック、ユダヤ人、イスラム教徒、および、あらゆる宗教と信条のすべての善良な人々が合意する真理だけを、我々の出発点としよう。
 それから、共通の合意というこの中立的プラットホームの上に立って、我々はすべての宗教および信条を、理性という光によって調べることにしよう」

 当時、正統派であったプロテスタントの学者たちが、この提案を根本的に非キリスト教的なものとして拒むことをせず、このチャレンジを受け入れてしまったのです。

 このような流れの中で、『聖書を信じない人々』、および、『一貫性のない保守派のクリスチャンたち』を通して、現代版の数々の聖書が作り出されてきました。
 彼らに共通するのは、『聖書の特別な摂理的保持』の教えを信じてなく無視・棚上げ・否定)、新約聖書の本文の扱いに関しては自然主義的な手法を採用し、他の古代文書の本文を扱うのと同じように新約聖書の本文を扱っていることです。

 他方、TR新約聖書本文は、聖書自体が記している『聖書の摂理的保持』の教えを信じて尊重する一貫性のある保守派のクリスチャンたち』を通して歴史的に保持され、もたらされました。
 エドワード・F・ヒルズ博士二十世紀最大のTR擁護者と言われています)は、聖書の教えに反する本文批評の歴史とその間違いルーツをわかりやすく述べるとともに、聖書自体が記している『聖書の摂理的保持』の教えに基づくTRこそ真の新約聖書本文であることを証明しています


1 聖書に対する二つの手法

……
F現代の聖書本文批評学者たち
  • メッツガー…聖書への疑い否定で満ちた聖書学者
  • アーマン…神の存在も信じない聖書学者・不可知論者
G聖書の教えと信仰真っ向から反する自然主義的アプローチ
H神の御霊のことが理解できる人・できない人
I神学者や指導者たちが批判的になる理由 ケネス・E・ヘーゲン


 自らを正統派のクリスチャンであると称しながら、「新約聖書を信仰の視点から研究すべきではなく、中立的な視点から研究すべきである」と主張する学者が多くいます。注1
 彼らは、「新約聖書は、それ以外の古代文書を取り扱うのと全く同じように取り扱うべきだ」と主張します。こうして彼らは、この中立的原則の唱道者として知られるウェストコットとホートの追従者となっています。
 以下のページでは、この中立的、自然主義的新約聖書本文批評学間違いを指摘し、それが懐疑主義(聖書に対する『疑い』『否定』)と現代主義に至った次第を示すことにします。
 以下に示す新約聖書本文批評学の歴史の概略により、自然主義的な手法を用いることが、必然的に、この懐疑主義に至らせるものであることがわかってきます。
エドワード・F・ヒルズ  


A 宗教改革の時代…新約聖書本文に対する神学的アプローチ

 新約聖書が初めて印刷された1516年(プロテスタント宗教改革の始まる一年前でした)より前から新約聖書本文批評が始まっていたと言うのは、適切ではあり得ません。
 したがって、最初の新約聖書本文批評学者は、エラスムス(1466年〜1536年)などの編集者たちと、ステファヌス(1503年〜59年)などの印刷者たち、および、カルビン(1509年〜64年)やベザ(1519年〜1605年)などの改革者たちでした。
エラスムス
エラスムス
ステファヌス
《ステファヌス》
ベザ
《ベザ》
 カルビンの注解書やエラスムスおよびベザの注釈を調べてわかるのは、これら十六世紀の学者たちは、何らかの明確に定義された体系としての新約聖書本文批評学を作り出したわけではなかったことです。
 彼らは、聖書のこの分野の研究を整然としたやり方で行ってはいませんでした。
 新約聖書の正典および本文に関する彼らの所見の中には、彼らが育ったヒューマニズム(人間中心主義)の文化を反映しているものもあります。
 ただし、彼らが実際に行った新約聖書編集と印刷においては、彼らは、この『受け入れられた本文』Textus Receptus)への『共通の信仰』によって導かれたのです。
【共通の信仰】
  • ずっと前から、だれからも認められてきた一つの基本理念
  • 何世紀にもわたって共通のこととして(一般に・普通に)信じられてきたこと
 聖書に約束されている通り、聖霊はいつの時代でも、神と神のことばである聖書を正しく信じており、霊的に新しく生まれ変わっており、聖霊が内住しておられ、知性が一新されている聖徒たちを正しい方向に導いてこられました。
(ヨハネ14・26、使徒15・25、27、第一ヨハネ2・20、ローマ12・2参照)

 というのも、ローマ教皇およびローマ・カトリックの教理体系に対抗して彼らが新約聖書に訴えた際、これら改革者たちは何か目新しいことを導入しようとしていたのではなく、宗教改革よりずっと前から、だれからも認められてきた一つの基本理念をよりどころとしていたからです。
 それは何世紀にもわたって共通のこととして(一般に・普通に)信じられてきたことです。
 すなわち、現在の(現行の)受け入れられている新約聖書本文(第一義的にはギリシャ語本文であり、第二義的にはラテン語本文)こそが、真の新約聖書本文であることです。
 それゆえ、この印刷されたTextus ReceptusTR)は、エラスムスおよび彼の継承者たちの編集作業を通し、神の導きの御手の下で、この共通の信仰から生まれたのです。
 したがって、宗教改革の時代、新約聖書本文に対するアプローチは、神学的なものであり、聖なるみことばに対するこの共通の信仰によって統治されたものでした。
 そのため、この初めの時期でも、『新約聖書の本文批評』は、『それ以外の古代文書の本文批評』とは異なるものでした。


B 合理主義の時代…新約聖書本文に対する自然主義的アプローチ

 十七世紀の始まり以降、合理主義者たちが台頭するようになりました。
 彼らは新約聖書本文に対する神学的アプローチを捨て、その代わりに、自然主義的アプローチを採用しました。
 この自然主義的アプローチとは、新約聖書の本文と、純粋にだれか人間の書物との間に、どんな区別もしないものです。
 彼らは、あの『共通の信仰』否定し、新約聖書本文を完全に世俗の方法で扱いました。

【自然主義的アプローチ】
  • 新約聖書の本文と、純粋にだれか人間の書物との間に、どんな区別もしない
  • 『共通の信仰』否定し、新約聖書本文を完全に世俗の方法で扱う
  1. そういう合理主義者たちの中で最も有名な人物の一人は、ヒューゴ・グロティウス(著名なオランダ人政治家であり神学者。1583年〜1645年)でした。
     グロティウスは新約聖書本文に、『推測』による修正を数多く行いました。注2
     それは、当時、古代の古典文書の編集において通例となっていた手順でした。

  2. また、1658年、ステファン・コーセレズ(オランダ・アムステルダムのアルミニアン大学の教授)は、ある新約聖書を発行することにより、この流れを継続させました。
     その『聖書』には、グロティウスのいくつかの『推測』や、新約聖書の写本から取られた『相違する読み方』を彼自身が無差別に混ぜ合わせたものも含まれていました。注3
    コーセルズのこの行為は正統派クリスチャンたちの間に警戒感を生じさせ、新約聖書本文の問題に新たな関心の目を向けさせることとなりました。

  3. 1675年、ジョン・フェル(英国国教会の監督、後にオックスフォードの司教)は、この問題に対する新たな方法を提案しました。
    「新約聖書の数々の写本の中の、相互に相違している箇所で、我々は、その原初の使徒的著者のことを考えるよりも、それらの写本を書き写した書記者たちのことを考えるべきだ。そういう書記者たちがどういう方法でミスを犯したのか、そのさまざまな方法に注目することにより、我々は偽りの読み方を探し出すことができるはずであり、こうして最終的には消去法によって真の読み方に到達できるはずだ」 注4

  4. この提案はゲアハルト・フォン・メストリヒト(ドイツ・ブレーメン市の役人)により真剣に受け留められ、彼は1711年、新約聖書本文批評学のための43のルールを刊行しました。それらのルールのほとんどは、書記者たちが犯しそうな間違いを扱っているものでした。注5
     そして、「新約聖書の霊感された著者たち」から「それを書き写した霊感されていない書記者たち」への注目点の移行は、完全に自然主義的な新約聖書本文批評学へ向けてのさらなる一歩でした。

  5. 1720年、リチャード・ベントレー(1662年〜1742年。著名なケンブリッジ大学の学者)は、完全に自然主義的な手法の新約聖書本文批評学を提案しました。
     彼が主張したのは、印刷されたギリシャ語新約聖書本文も、大多数の写本の読み方も退けること、そして、最古のギリシャ語新約聖書写本をラテン語ウルガタ聖書の最古の写本と比べることによって、新たな本文を作り出すことでした。

  6. J.A.ベンゲル(1687年〜1752年)は、新約聖書の本文批評の分野以外は、ドイツ・ルター派の正統派の人でした。彼はベントレーのように、合理主義に傾倒しました。
     彼は聖書の摂理的保持の教理を信じていると主張していましたが、新約聖書本文を扱い始めると、この教理を役に立たない原則であるかのように棚上げにしたのです。
     彼が強調したのは、「易しい読み方より、むずかしい読み方のほうを選ぶべきだ」という彼自身が定めたルールでした。注6
     彼はこう主張しました。
    「理解するのが困難な読み方と、理解しやすい読み方のどちらかを選ぶ際、その困難な読み方のほうが真の読み方である。なぜなら、正統派の書記者たちはいつでも、困難な読み方を変えて易しい読み方に変えてきたからだ」

     したがって、ベンゲルによれば、正統派のクリスチャンたちが彼ら自身の新約聖書本文を改ざんしてきたことになります。
     この仮説は、『神はご自分の特別な摂理により、代々を通じ、信者たちが使用する中で、真の本文保持してこられた』という聖書の摂理的保持の教理の否定に通じるものでした。
     それゆえ、ドイツの保守的クリスチャンたちにより、ベンゲルに対して激しい抗議が起きたのも、何ら不思議ではありません。


C 啓蒙思想の時代…新約聖書本文に対する懐疑主義的アプローチ

 十八世紀後半のドイツは、啓蒙思想の時代でした。ドイツでは、プロシアを46年間(1740年〜86年)統治した『哲学者の国王』フレデリック二世により、合理主義が積極的に奨励されました。そのような状況下で、自然主義的な手法の新約聖書本文批評に固有の懐疑主義(聖書に対する『疑い』『否定』)が、はっきりと露呈されました。
  1. ヨハン・セムラー(1725年〜91年。ハレ大学教授)は本文批評学者として初めて、こう主張しました。
    「新約聖書写本は、古代の書記者たちによって単に書き写されてきただけでなく、編集もされてきたのだ」注7

    彼は、新約聖書本文に関する独自の大胆な推測も行いました。
    たとえば、彼は、こう信じました。
    「第二コリント9章は、書記者たちによって、現在のその位置に後から挿入された断片である」とか、「ローマ16章は、元々はコリント人に宛てた手紙であって、間違ってローマ人への手紙にくっついてしまったのだ」注8

    また、それ以外のことでも、セムラーは自らを最初の現代主義者の一人であることを明らかにしました。
    彼は、こう信じました。
    「旧新約聖書の正典は徐々に成長してきたのであって、それゆえ聖書は霊感されてはいない

    セムラーによれば、「イエスと使徒たちの教えには、ユダヤ人の数々の概念が含まれており、その価値は、『特定の地域に限定されたもの』で『一時的なもの』にすぎない」とされました。注9

  2. J.J.グリースバッハ(1745年〜1812年。セムラーの弟子であり、イェナ大学教授)は、自らが新約聖書本文に関して懐疑主義者であることを早くから宣言しました。
    1771年、彼はこう書きました。
    「新約聖書は、意図的に導入された虚飾や付加や改ざんであふれており、それらは、それ以外のどの本よりも多くある」 注10

    彼は、「簡単な読み方より、困難な読み方のほうを、よしとすべきである」というベンゲルのルールに沿った思想を発展させました。
    彼はベンゲルと同様に、このルールを、「正統派のクリスチャンたちが彼ら自身の新約聖書本文を腐敗させてきた」ことを意味するものと解釈しました。注11
    グリースバッハによれば、新約聖書写本が互いに相違する場合は常に、正統派の読み方のほうを偽りとして、ただちに除外されました。さらに彼はこう書きました。
    「一つの箇所で相違する読み方が多くある場合、正統派の教理を明らかに支持する読み方を偽りとみなすのがふさわしい」

  3. グリースバッハの懐疑主義を、J.L.ハグ(1765年〜1846年)も共有しました。
    1808年、ハグは、こういう理論を主張しました。
    「第二世紀に新約聖書本文は大きく退廃して腐敗したものとなり、現存する新約聖書本文は、その腐敗した本文を編集して改訂したものにすぎない」

  4. また、カール・ラハマン(1793年〜1851年)は、この同じ懐疑主義の流れを継続させました。彼は、こう信じました。
    「現存の写本からは、第四世紀以前にさかのぼる本文を構築するのは不可能だ

    この再構築された四世紀の本文と原初の本文との間のギャップを埋めるために、ラハマンは、『推測による校訂』を行うことを提案し、1831年、彼は自分の見解を反映させたギリシャ語新約聖書を発行しました。注12

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D ウェストコットとホート消えていった

 シナイ写本とバチカン写本は、トリゲレスやティッシェンドルフにより学者たちに広められました。
バチカン写本
バチカン写本
1481年"出現"
シナイ写本
シナイ写本
1862年"出現"

 1881年、ウェストコットホートは『序論』を発行し、その中で、この新たな情報(シナイ写本とバチカン写本)を土台として新約聖書本文決定しようとしました。

B.F.ウェストコット
ウェストコット
  • 悪霊との「交信」を行った。
  • 幽霊ギルド』を設立。
    心霊術に関わった。
  • 進化論を支持
  • イエス・キリストの神性を否定
  • 聖書の霊感を否定
F.J.A.ホート
ホート
  • 悪霊との「交信」を行った。
  • 幽霊ギルド』を設立。
    心霊術に関わった。
  • 進化論を支持
  • イエス・キリストの神性を否定
  • 聖書の霊感を否定

 彼らが提起した理論は、こういうものでした。
「原初の新約聖書本文は、この二つの写本によって(特にバチカン写本によって)ほぼ完全な状態で生き残ってきた」

 この理論は、ただちに大いに人気を博し、リベラル派の人々にも保守派の人々にも、いたるところで受け入れられていきました。
 リベラル派の人々がそれを好んだ理由は、それが新約聖書本文批評という学問の中で最新の理論を代表するものであったからです。
 保守派の人々がそれを好んだ理由は、彼らが探し求めているあの安心感(保証)を彼らに与えてくれるように見えたからです。
 ところが、この安心感(保証)は、信仰に全く土台を置いていないものであったため、長続きしないものであることがわかってきました。
 というのも、この理論を作り出す際、ウェストコットとホートは本質的に自然主義的な手法に従ったからです。
 実に、彼らは
  • 新約聖書の本文の扱い方を、それ以外のどんな書物の本文の扱い方とも同じようにしていることを自慢しており、
  • 聖書の霊感摂理のことをほとんど、あるいは全くないがしろにしているのです。
 ホートはこう書きました。

「我々は、他の古代文書の本文に対しては合理的に適用できないようなこと(すなわち、聖書の霊感摂理)は、あえて考慮に入れない注13

 やがてウェストコットとホートの理論は、リベラル派や急進派の陣営で力を失っていきました。
  • 1899年、ブルキット注14)がハグの理論を復活させました。
     すなわち、「現存する本文はどれも、失われた原初の本文編集した改訂版である」というものです。
     この立場は、その後、ストリーター注15)および他の本文批評学者たちに採用されました。
  • グリースバッハおよび初期の批評学者たちの懐疑主義復活されました。
    1908年、レンダル・ハリスは、こう言いました。
    「新約聖書本文はこれまで少しでも決定されたことはなかったし、おそらく最後まで決定されないままであろう」注16

  • 二年後、コニーベアは自分の意見として、こう言いました。
    「究極の新約聖書本文と呼ばれるに値するものがたとい存在したとしても、それは永遠に回復不能だ」注17

  • そして1941年、キルソップ・レイクは、新約聖書本文の研究に生涯を費やした後で、次のような判断を下しました。
    「ウェストコットとホート、およびフォン・ゾーデンが何と主張しようとも、私たちは原初の形態の福音書を知っていません。そして、私たちがこれから知るようになることも、全くありそうにないことです」注18

 ウェストコットとホートは、グリースバッハの名を「他のすべての新約聖書本文批評学者にまさる」ものとして「大いに尊ぶ」ことを公言しました。注19
 グリースバッハと同様に、彼らは、「正統派のクリスチャン書記者たちが、正統派に有利になるように新約聖書写本改ざんしてきたのだ」と信じたのです。
 したがって、彼らはグリースバッハと同様に、「信者たちが使用してきたことを通して、新約聖書本文摂理的に保持されてきた」こと(新約聖書本文の摂理的保持の教理)の可能性を、前もって除外したのです。
 しかし、それと同時に、彼らは、「異端者たちが、新約聖書本文に何らかの意図的変更を行った」ことを否定することに非常に熱心でした。彼らはこう書きました。
「新約聖書の読み方で、間違いなく偽りの読み方が数多くある中で、『教理上の目的のために意図的改ざんがなされた徴候は全くない』という我々の信念を、ここではっきり表明することは場違いではないであろう」注20

 この偏った理論には、大多数の新約聖書写本の中に見出される本文を"有罪"とし、バチカン写本とシナイ写本の本文を"無罪"とする効果がありました。
  • けれども、この明白な偏見レンダル・ハリス(1926年)には通用しませんでした。
    彼はバチカン写本とシナイ写本を含むすべての写本を強く否定しました。
    彼は、それらはどれも、「教理上の(目的のための)改ざん」に「確かにまみれている」と主張しました。注21

 二十世紀が進展する中で、それ以外の著名な学者たちも、ますます懐疑的(聖書に対する『疑い』『否定』)になっていきました。
  • たとえば、1937年、F.G.ケニヨンはグリースバッハの主張を復活させました。
     すなわち、「新約聖書の本文は、それ以外の古代文書の本文ほど正確に保持されてはこなかった」という主張です。注22


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E 第二次世界大戦後の新約聖書本文批評学

 第二次世界大戦以降、自然主義的な手法新約聖書本文批評学者の側には、姿勢の変化はほとんどありません。
 原初の新約聖書本文の回復に関して言えば、悲観論時代の風潮となっています。
  • ギュンター・ツンツ(ドイツ人古典哲学者。1902年〜92年)は、こう述べています。
    「初期の編集者たちの楽観論は、懐疑主義に道を譲った。
     それは、『原初の本文』を「到達できない蜃気楼(しんきろう)』とみなす方向に傾いている」注23

  • H.グリーベン(ドイツ人学者。1960年)も、自然主義的手法新約聖書本文批評不確実なものであることを認めました。彼はこう述べています。
    「概して、このすべてのことは、『確率判断』に限定されたものである。
     新約聖書の原初の本文は、一つの仮説であるにちがいなく、仮説のままであるにちがいない」注24

  • また、ロバート・M・グラント(アメリカ人神学者。〜2014年)は、よりいっそう絶望的に表現しています。彼はこう述べています。
    「新約聖書本文研究の第一目標は、いまだに、『新約聖書の記者たちが書いたことの回復のままである。
     我々がすでに示唆してきたように、この目標の達成は、不可能にきわめて近い注25

  • ケネス・W・クラーク(アメリカ・デューク大学教授。 〜1979年)も希望的ではありません。彼はこう述べています。
    「原初の本文が一つでも回復されることの証拠が存在するというのは、疑わしいことかもしれない」注26

  • そして、クルト・アーラント(〜1994年)によれば、初期の新約聖書本文の特徴は、さまざまなバリエーション(変化形)があることだとされています。注27

クルト・アーラント
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聖書学者アーラント『疑い』『否定』
  • 彼は、聖書の逐語霊感否定しました。
  • 彼は、エキュメニカルな新たな正典聖書(外典を含むもの)を受け入れました。
  • 彼は、リベラル派であり、聖書の各書の正典性を疑いました。
  • 彼は、聖書を神のことばとは信じませんでした。

……………………………………………
注1)"Should Conservatives Abandon Textual Criticism?," by Marchant A. King, Bibliotheca Sacra, vol 130 (January-March, 1973), pp. 35-40
注2) Hugonis Grotii, Annotationes, vol 1, Amsterdam, 1641; vol. 2, Paris, 1646; vol. 3, Paris, 1650.
注3)S. Curcellaei, Novum Testamentum, Amsterdam, 1658.
注4)Novi Testamenti Libri Omnes. Oxford, 1675, Preface.
注5)J. A. Bengel, Gnomon of The New Testament trans. by J. Bandinel, Edinburgh; T. & T. Clark, 1840, vol. 1, pp. 20-37.
注6)J. A Bengel, Novum Testamentum, Graecum, Tubingae: George Cotta, p. 385.
注7)Apparatus ad Liberalem Novi Testamenti Interpretationem, Halae, 1767, pp. 44-50.
注8)D. Io. Sal Semleri, Paraphrasis 11. Epistolae ad Corinthos, Halae, 1776, Preface.
注9)NSHE, Article, "Semler."
注10)J J. Griesbach, Opuscula Academica, Jena, 1824, vol. 1, p. 317.
注11)J. J. Griesbach, Novum Testamentum Graece, editiosecunda, Londinin, 1809, vol. 1, pp. 63-71.
注12)Theologische Studien und Kritieken, Hamburg: 1830, pp 817-845. Novum Testamentum, Graece et Latine, Berlin: 1942, p v. xxxi.
注13)The New Testament in the Original Greek, vol. 2, Introduction and Appendix, London: Macmillan, 1881, p. 277.
注14)TS, vol. 5 (1899), p. xviii.
注15)The Four Gospels, by B. H. Streeter, London: Macmillan, 1924, pp. 111-127.
注16)Side Lights on New Testament Research, by J. Rendel Harris, London: James Clarke & Co., 1908, p. 3.
注17)History of New Testament Criticism, by F. C. Conybeare, London; Watts & Co., 1910, p. 129.
注18)Family 13 (The Ferrar Group), by K. & S. Lake, Philadelphia: University of Pennsylvania Press, 1941, p. vii.
注19)N. T. in Greek, vol. 2, p. 185.
注20)Idem, p. 282.
注21)Bulletin of the Bezan Club, III: Nov., 1926, p. 5.
注22)The Text of the Greek Bible, by F. G. Kenyon, London: Duckworth, 1937, pp. 244-246.
注23)The Text of the Epistles, by G. Zuntz, London: Oxford University Press, 1953, p. 9.
注24)Der Urtext des Neuen Testaments, Kiel: Hirt, 1960, p. 20.
注25)A Historical Introduction To The New Testament, by R. M. Grant, New York: Harper & Rowe, 1963, p. 51.
注26)"The Theological Relevance of Textual Variation in Current Criticism of the Greek New Testament," by K. W. Clark, JBL, vol. 85 (1966), p. 16.
注27)"Bemerkungen zu den gegenwartigen Moglichkeiten textkritischer Arbeit," by Kurt Aland, NTS, vol. 17 (1970), p. 3.

《出典 : The King James Version Defended 第三章 エドワード・F・ヒルズ著》

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F現代の聖書本文批評学者たち

ブルース・メッツガーバート・D・アーマンの共著の本が、多くの福音派神学校聖書本文批評学の入門書として使うことが指定され、あるいは推薦されています。(→メッツガーと不可知論者アーマン)  彼らはどういう人物なのでしょうか?

ブルース・メッツガー…聖書に対する疑い否定で満ちた聖書学者

 ブルース・メッツガー(1914年〜2007年)は、クルト・アーラントマシュー・ブラック聖書の無謬の霊感も、摂理的保持の教え否定)、カトリック枢機卿カルロ・マルティニらと共に、ウェストコットとホートの業績を土台として、『ネストレ-アーラント版』、『UBS版』と呼ばれるギリシャ語新約聖書本文を作りました。(詳細は→R-4 現代版聖書を編集するリベラル派の人々参照)
 彼はこういう人物です。

ブルース・メッツガー
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聖書学者メッツガー『疑い』『否定』
    (以下のことは『Reader's Digest Condensed Bible』の脚注で見出すことができます。これはメッツガーが編集した聖書です。また、『New Oxford Annotated Bible』(メッツガーが共編者)の中でも見出すことができます)
  • 彼は、モーセが五書を書いたのではないと信じていました。
  • 彼は、旧約聖書は、「神話と伝説と歴史」の混合物であると信じていました。
  • 彼は、ノアの時代の世界規模の洪水記録は誇張されたものだと信じていました。
  • 彼は、『ヨブ記』は民話であると信じていました。
  • 彼は、エリヤやエリシャの奇跡の記述には、「伝説的な要素」が含まれていると信じていました。
  • 彼は、ヨナ書の記述は『伝説』だと信じていました。
  • 彼は、『ダニエル書』には奇跡的な預言は含まれていないと信じていました。
  • 彼は、『牧会書簡』はパウロが書いたのではないと信じていました。
  • 彼は、『ペテロの第二の手紙』はペテロが書いたのでではないと信じていました。
  • 彼は、外典を含み、エキュメニカルでリベラルな聖書『NRSV』の編纂者でした。
  • 彼は、『ヘルマスの牧者』『クレメントの手紙』などの外典を霊感されたものとみなしました。
  • 彼は、不可知論者(神の存在は知り得ないとする)アーマンとの共著者でした。(下記参照)

バート・D・アーマン…神の存在すらも信じない聖書学者・不可知論者

 バート・D・アーマン(Bart D. Ehrman 1955年〜)は、次の数々の本を著した不可知論者神の存在知り得ないとする人々)です。
 彼は自身のブログで、こう断言しています。

「私は、イエスが神の御子であったことも、彼が死人たちの中から復活したことも、あるいは、神が存在することも、信じていません。
 事実、私はそういうすべてのことを信じていません」(→Why I Am Not A Christian

 彼は次のような本の著者です。(→ バート・D・アーマンの著書
不可知論者アーマン(Bart D. Ehrman)の著書
 偽造:神の名による著作。聖書の著作者たちが我々の考えているような人々ではない理由
   (2011年発行)
("Forged: Writing in the Name of God - Why the Bible's Authors Are Not Who We Think They Are")
 イエスをまちがって引き合いに出すこと…聖書を変えた者の背後の話と原因』(2007年発行)
("Misquoting Jesus: The Story Behind Who Changed the Bible and Why")
 イエスはどうやって神になったのか…ガリラヤ出身のユダヤ人説教者の昇進
   (2014年発行)
("How Jesus Became God: The Exaltation of a Jewish Preacher from Galilee by Bart D. Ehrman" )
 魔法使いイエス
   (2014年発行。共著)  ("Jesus the Magician "by Morton Smith and Bart D. Ehrman" )


 こうしてわかるように、多くの福音派神学校聖書本文批評学の入門書として使うことが指定され、あるいは推薦されている本である"The Text of the New Testament"(『新約聖書の本文』)の二人の著者が、
  • ブルース・メッツガー聖書に対する疑い否定で満ちた聖書学者、および
  • バート・D・アーマン神の存在すらも信じない聖書学者・不可知論者なのです!!

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G聖書の教えと信仰真っ向から反する自然主義的アプローチ

 これまでの新約聖書本文に対するアプローチの変遷を概観すると、以下の通りでした。
A 宗教改革の時代…新約聖書本文に対する神学的アプローチ
B 合理主義の時代…新約聖書本文に対する自然主義的アプローチ
C 啓蒙思想の時代…新約聖書本文に対する懐疑主義的アプローチ
D ウェストコットとホート消えていった
E 第二次世界大戦後の新約聖書本文批評学

 また、現代新約聖書本文批評学のテキストは、
  • 「聖書の霊感の否定
  • 「聖書の正典性の否定
  • 「聖書著者の否定
  • 「聖書の歴史的事実の否定
  • 「奇跡の否定
  • 外典の受容」
  • 不可知論」…etc.
等の支持者たちによって書かれたものとなっています。


『共通の信仰』と聖霊の導き

A宗教改革の時代、すなわち、新約聖書本文に対する神学的アプローチの時代は、神と神のことばである聖書を信じるクリスチャンの聖徒たちが『共通の信仰』によって導かれて新約聖書の本文に関わったことがわかります。

【共通の信仰】
  • ずっと前から、だれからも認められてきた一つの基本理念
  • 何世紀にもわたって共通のこととして(一般に・普通に)信じられてきたこと
 聖書に約束されている通り、聖霊はいつの時代でも、神と神のことばである聖書を正しく信じており、霊的に新しく生まれ変わっており、聖霊が内住しておられ、知性が一新されている聖徒たちを正しい方向に導いてこられました。
(ヨハネ14・26、使徒15・25、27、第一ヨハネ2・20、ローマ12・2参照)
[神と神のことばである聖書を正しく信じていない人々・霊的に新しく生まれ変わってはいない人々・聖霊が内住してはおられない人々・知性が一新されていない人々、不信者(未信者)たちの場合は、そうではありません]→下記『神の御霊のことが理解できる人・できない人』参照

 したがって、この『共通の信仰』は、聖霊が代々を通じて聖徒たちを導いてこられた結果としての『信仰』でもあり、エラスムスらは、その意味でも聖霊の導きに従ったのです。
(→エラスムスらを導いた共通の信仰』参照)


聖書の教えと信仰反するアプローチ

 ところがB合理主義の時代以降は、「新約聖書本文批評学」の分野で自然主義的アプローチが登場しました。

【自然主義的アプローチ】
  • 新約聖書の本文と、純粋にだれか人間の書物との間に、どんな区別もしない
  • 『共通の信仰』否定し、新約聖書本文を完全に世俗の方法で扱う

 神のことばよりも人間の理性最高の判断規準とするこのような手法は、聖書の中から生まれてきたものではなく、むしろ、聖書の教えや信仰真っ向から反するものです。
 このような手法を採用すること自体が、聖書の教えから逸脱していました。
 その結果として生じたのは、聖書に関する懐疑主義 (聖書に対する『疑い』『否定』でした。

 現代においては、それは不可知論『神の存在は知り得ない』とする考え方)にまで至っています。

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H神の御霊のことが理解できる人・できない人

 新約聖書本文に対する神学的アプローチを行ったエラスムスステファヌスカルビンベザたちと、それ以降の、新約聖書本文に対する自然主義的アプローチ等を行った人々とのちがいは、何でしょうか?
  • 前者は、神と神のことばである聖書を正しく信じており、霊的に新しく生まれ変わっており、聖霊が内住しておられ、知性が一新されている聖徒たちでした。
    彼らは、神と神のことば全面的に信じて従うクリスチャンたちでした。
    彼らは、聖書が教えている『聖書本文の摂理的保持の教え』を信じていました。

  • 後者は、
    • 不信者(未信者)たち、あるいは、
    • 『聖書本文の摂理的保持の教え』を信じていないか、それを『棚上げ』にした人々、すなわち、「神と神のことばを全面的に信じて従うクリスチャン」ではない人々でした。
    いずれにしても、彼らは、聖書本文の研究一般の古典文書の本文の研究と同じように扱いました。

 聖霊との関わりに関しては、次のようなちがいがあります。
  • 前者は、人間の理性よりも神のことば最高の判断規準とする人々です。
    彼らは、霊的に新しく生まれ変わっており、聖霊が内住しておられ、知性が一新されており、霊的なことによって霊的なことを判断」する人々(第一コリント2・13)です。
「私たちは世の霊を受けたのではなく、神からの御霊を受けました。
 それは、神により私たちに恵みとして与えられたものを、私たちが知るようになるためです。
 私たちが語っていることも、人間的な知恵に教えられたことばによってではなく、聖霊に教えられたことばによって語っており、霊的なことによって霊的なことを判断しています」
(第一コリント2・12、13)

  • 後者は、神のことばよりも人間の理性最高の判断規準とする人々です。
     彼らは、神の御霊のことを受け入れない生まれながらのたましいによる」人々です。
生まれながらのたましいによる人は、神の御霊のことを受け入れません。
 なぜなら、彼にとって、それは愚かなことだからです。
 また、彼はそれを知ることができません。
 というのも、それは霊的に調べられることだからです」
(第一コリント2・14)

 神のことばよりも人間の理性最高の判断規準として「聖書本文批評学」を行おうとする人々に関して、「彼はそれを知ることができません」と聖書は教えています!!
 そういう人々が聖書に対する「疑い」や「否定」、「不可知論」に行き着くのは、何ら不思議ではありません!!

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I神学者や指導者たちが批判的になる理由 …ケネス・E・ヘーゲン

 ケネス・E・ヘーゲン師は著書『クリスチャンの霊的成長』の中で、次のように述べています。

ケネス・E・ヘーゲン  『生まれながらの人』は、神の御霊のことがらを受け入れません。
 なぜなら、その人は、それらのことがわからないからです。(第一コリント2・14、上記参照)

 けれども、新しく生まれ変わっている信者たちは、肉の性質を超越した知識、諸感覚を超越した知識を持っています。
 それを『啓示の知識』と呼ぶのも正当なことです。
 この知識は、神のことばの中で私たちに啓示されます。
 それは自然的なもの超越しています。
 聖書はあなたに啓示をもたらします、あるいは、知識をあなたに啓示します。
 けれども、それは、あなたの体の諸感覚では、つかむことのできないものです。

 多くの現代の神学者たちは、『啓示の知識』の人々ではなく、『感覚の知識』の人々です。
 そういう知識は、すべて彼らの知性の中にあります。
 全体としての教会世界のほとんどの指導者たちは、現実には、『感覚の知識』の人々です。
 彼らは救われているとしても、霊的に発達してはいません。
 救われてすらなく、ただの生まれながらの人々も多くいます。

 生まれながらの人は、「神の御霊のこと」を理解することができないのです。
 そういうことがらは、彼にとって愚かなことなのです。
 聖書は、神の御霊に属するものです。
 それは、『生まれながらの人間の知識』ではありません。
 昔の聖なる人々が、神の御霊によって動かされるままに書いたのです。

 人は聖霊を、理屈で理解できるでしょうか?
 人は神のいやし理屈で理解できるでしょうか?
 人は超自然的なこと理屈で理解できるでしょうか?
 できません

 生まれながらの人は、聖書を理解できません。
 なぜなら、それは「神の御霊のこと」だからです。
 それは、彼がそれについて何も知らない領域の中にあるのです。

 ある人が、こう言いました。
人は、自分が精通していないことには、批判的になる

 多くの人々が多くのことがらに批判的である理由は、彼らがそれらのことに精通していないからです。
 だれかが『生まれながらの人』であって、新しく生まれ変わっていなければ、彼は霊的なことには精通していません。
 彼はそれらのことについて何も知らず、それで彼はそれらのことに批判的なのです。

(ケネス・E・ヘーゲン著『クリスチャンの霊的成長』第九章『生まれながらの人』より抜粋)




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さらに深い理解のために(英語)
The King James Version Defended 第三章 1エドワード・F・ヒルズ博士著
The history of naturalistic textual criticism(自然主義の聖書本文批評学の歴史)
さらに深く学ぶためのリンク集


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