聖書の歴史CX-10 聖書の歴史 目次 

《神の摂理TR

10 神に用いられたエラスムス

エドワード・F・ヒルズ博士

エドワード・ヒルズ博士
エドワード・F・ヒルズ博士
エラスムスによる五つの版TR

 1516年から1535年までの間、エラスムスはギリシャ語新約聖書TR)の五つの版を発行しました。
  1. 最初の版(1516年)では、本文の前に、
    • レオ10世への献呈の辞、
    • 読者への勧めのことば、
    • 用いられた手法の説明、
    が述べられています。
    その後で、
      TR
    • 『ギリシャ語新約聖書本文』が、
    • 『エラスムス自身によるラテン語訳』
    とともに記されています。
    その後に、
    • エラスムスの脚注があり、
    • その本文に関する彼のコメント
    が記されています。
  2. 第二版(1519年)では、エラスムスは彼の『ギリシャ語新約聖書本文』および『エラスムス自身によるラテン語訳』の両者を改訂しました。
  3. 第三版(1522年)で注目すべきは、それ以前の版で省かれていた第一ヨハネ5・7を含めたことです。
  4. 第四版(1527年)には、
    • 『ギリシャ語新約聖書本文』
    • ラテン語ウルガタ聖書
    • 『エラスムス自身によるラテン語訳』(三つの並列欄)
    が含まれていました。
  5. 第五版(1535年)は、ラテン語ウルガタ聖書除外し、こうして『ギリシャ語新約聖書本文』『エラスムス自身によるラテン語訳』を並べて印刷することが再び行われました。注1


エラスムスによって用いられたギリシャ語写本

 1515年7月にエラスムスが作業を始めるべくベーゼルに来た時、彼が用いることのできる状態にある五つのギリシャ語新約聖書写本を見出しました。それらは現在、次の番号で示されるものです。
  • 1(福音書、使徒たちの行い、および手紙の11世紀の写本)
  • 2(福音書の15世紀の写本)
  • 2ap(使徒たちの行い、および手紙の12〜14世紀の写本)
  • 4ap(使徒たちの行い、および手紙の15世紀の写本)
  • 1r(ヨハネの黙示の12世紀の写本)
 これらの写本のうち、14apについては、エラスムスは時折用いただけでした。
 福音書と使徒たちの行い、および手紙については、彼はおもに22apを用いました。注2
 エラスムスは彼のTRを準備する際、これら五つの写本以外の写本を用いたでしょうか?
 彼がそのようにしたことを示すものが、いくつかあります。
 W・シュワルツ(1955年)によれば、エラスムスが『エラスムス自身によるラテン語訳』を作ったのは、1505年から1506年にかけてのことでした。
 彼の友人のジョン・コレット(彼は聖パウロ教会の監督になっていました)は、そのためにエラスムスに二つのラテン語写本を貸しました。
 ただし、五つの写本以外に彼が用いたギリシャ語写本については何も知られていません。注3
 しかし、彼は何らかのギリシャ語写本を用いて、それらの写本に関するメモを取ったにちがいありません。
 ですから、おそらく彼はそれらのメモを、彼の訳文および新約聖書本文に関する彼のコメントといっしょにベーゼルに持ち帰ったはずです。
 エラスムスはいたるところを巡って数々の写本を捜したことも、また、可能であれば、だれからもそういう写本を借りたことも、よく知られています。
 したがって、TRは、エラスムスがベーゼルで見出した写本主要な土台としてはいても、彼が入手できたそれ以外の写本からの読み方も含まれていたのです。
 それは、神の摂理の中で利用可能とされていた数々の写本に基づくものであったため、それは『共通の信仰』と合致していたのです。


エラスムス脚注…『相違する読み方』『本文批評の諸問題』についての彼の知識

 エラスムスはヒエロニムスの著作や教会教父たちの著作の研究を通して、新約聖書本文の数々の相違のある読み方に関して非常によく知るようになりました。
 今日の学者たちに知られているほとんどすべての重要な相違ある読み方は、460年以上も前にエラスムスすでに知られており、彼がギリシャ語新約聖書の数々の版の本文の後に記した『脚注』(それは前もって用意されていたものでした)の中で論じられていました。
 たとえば、エラスムスは次のような問題の箇所を取り扱いました。
  • 主の祈りの終わりの箇所(マタイ6・13)
  • 裕福な若者とイエス様の会見(マタイ19・17〜22)
  • マルコの福音書の終わりの箇所(マルコ16・9〜20)
  • 御使い、苦闘、血の汗(ルカ22・43、44)
  • 姦淫の場で捕らえられた女(ヨハネ7・53〜8・11)
  • 敬虔の奥義(第一テモテ3・16)
 エラスムスは彼の『脚注』の中で、新約聖書の『本文』に関する古代の論議だけでなく、新約聖書の『正典』や、新約聖書のいくつかの書の『著者』についての論議(特に、ヘブル書、ヤコブ書、第二ペテロ、第二ヨハネ、第三ヨハネ、ユダ書、ヨハネの黙示)など、初代教会で生じた論議も読者の前に提示しました。
 彼は、ヒエロニムスや他の教会教父たちによって報告された疑問点について述べるだけでなく、彼自身の反論も加えました。
 ただし、彼はこれら数々の問題をいくらか慎重に論じ、彼自身はいつでも、『世論のコンセンサス(一致した意見)に、特に教会の権威に』喜んで服することを宣言しました。注4
 手短に言えば、彼は、新約聖書の正典についての問題を再開した当初は、自分が『共通の信仰』に反して進んでいたことを認識していたようです。
 ところで、エラスムスが彼の『注釈』に関して用心深かったのであれば、彼の『本文』に関してはなおさら、そうでした。
 というのも、その『本文』こそまさに、読者の目をただちに引くことであるからです。
 したがって、ギリシャ語新約聖書本文の編集においては特に、エラスムスは、現在ある聖書本文に対する『共通の信仰』によって導かれたのです。
 そして、この共通の信仰の背後にあったのが、神の統制しておられる摂理でした。
 そのため、エラスムスのヒューマニズム的(人間中心的)な傾向は、彼が作り出したTRの中には現れていないのです。
 彼自身は信仰の人としてきわだっていたわけではありませんが、この本文に関する彼の編集作業において、彼は他の人々の信仰によって摂理的に影響を受け、導かれたのです。 (→エラスムスらを導いた共通の信仰』参照)

 彼のヒューマニズム的(人間中心的)な傾向にもかかわらず、『ギリシャ語新約聖書本文』を『印刷物』とさせるべく、エラスムスは明らかに神に用いられたのです。
 ちょうど、マルティン・ルターが少なくとも初めは、ヘブル書、ヤコブ書、ユダ書およびヨハネの黙示などに関してエラスムスの抱いていた疑問と同じ疑問を抱いていたにもかかわらず、プロテスタントの宗教改革を導入させるべく神に用いられたように、です。注5
……………………………………………
注1)The first, 2nd, and 4th editions of Erasmus' New Testament are accessible at the University of Chicago.
注2)Plain Introduction, Scrivener, vol. 2, pp. 182-84.
注3) "Principles and Problems of Translation, Schwarz, p. 139.
注4) "nisi me consensus orbis alio vocaret, praecipue vero auctoritas Ecclesiae." Note on Rev. 22:20.
注5)Works of Martin Luther, Philadelphia: Muhlenberg Press, 1932, vol. 6, pp. 476-89. (Prefaces to Hebrews, James, Jude and Revelation).

《出典 : The King James Version Defended 第八章 エドワード・F・ヒルズ著》


次へ CX-11



さらに深い理解のために(英語)
The King James Version Defended 第八章 2c,d,eエドワード・F・ヒルズ博士著
The history of naturalistic textual criticism(自然主義の聖書本文批評学の歴史)
さらに深く学ぶためのリンク集



ページの上へ↑
……

TR新約聖書
新約聖書ラインナップ
新契約聖書
明治元訳 新約聖書
推奨シナイ写本の偽造
TR聖書と非TR聖書の訳例比較
新約聖書の本文 TRについて
旧約聖書の真の本文…マソラ本文
聖書シリーズの本
カタログ一覧
聖書のホームページ
天国地獄情報
エターナル・ライフ・ミニストリーズ


利用規約  Copyright C. エターナル・ライフ・ミニストリーズ   Counter