偽造写本から"ねつ造"された現代版『新約聖書』V2 聖書の歴史 目次   

バチカン写本確実偽造物です!

偽造者らの失態
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現代版聖書の土台はシナイ写本バチカン写本です。
バチカン写本の『新約聖書』も19世紀の産物であり、偽造物です。
そのことが明らかになったのは、二写本のマルコ16章の終わりの箇所が発端でした。
そこには、偽造者ら失態がありました。
シナイ写本とバチカン写本の偽造 このページは、その著書シナイ写本バチカン写本偽造の抜粋です。
詳細は同書をお読みください。
シナイ写本バチカン写本
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聖書 新改訳2017 聖書協会 共同訳


ビル・クーパー博士
ビル・クーパー博士
世界がだまされてきたこと

 ここで述べようとしていることは、おそらく、とてつもなく長い聖書偽造の歴史の中で、最大かつ最も深刻なスキャンダルの一つです。
 それは、私たちがただ驚くことしかできないような、だまそうとする露骨な試みです。
 驚きの第一は、その計画のこの上ない大胆さと、それによって世界、臆することなく進んでだまされてきたことです。
 そして驚きの第二は、保守派の学者たちがこの問題にチャレンジしたり議論することを、拒みはしないとしても、躊躇してきたことです。
 それは、暗い隅に隠されてきて、研究のために利用できなかったというようなことではありません。
 しかも、それは、ティッシェンドルフ自身がシナイ写本とバチカン写本の両者の特徴として三度も注意を向けさせたことでした!
 それなのに、それは、リベラル派にも保守派にも、ないがしろにされているのです。


同じ筆記者によって書かれたページ

 このスキャンダルの本質は、こうです。
 シナイ写本バチカン写本の両者の中でマルコ16・9〜20が脱落しているページは、どちらの写本でも、同じ筆記者によって書かれたのです!
 その筆跡も、つづり字の特異性も、同一なのです。
《シナイ写本》  マルコ16章の終わりのページ。 マルコ16・9〜20は削除されている。
《シナイ写本》  マルコ16章の終わりの箇所の拡大写真。

《バチカン写本》  マルコ16章の終わりのページ。 マルコ16・9〜20は削除されている。
《バチカン写本》  マルコ16章の終わりの箇所の拡大写真。

 このことに関して、聖書学者ジェームズ・レンデル・ハリス氏は、1893年の著作でこう述べています。

レンデル・ハリス
聖書学者レンデル・ハリス
(1852年〜1941年)
 「ティッシェンドルフシナイ写本』の中に、『バチカン写本』の中の新約聖書の部分を書いた人物の筆跡同じ筆跡を認めたのは正しいことであったことが、今日もおおむね支持されています。
 これは、きわめて重要なポイントであり、正しく推論するなら、この二つの写本が書かれた場所同一であると決定づけるものです。
 ティッシェンドルフによると、シナイ写本の中に、新約聖書の六つのキャンセル・シート(差し替えられた6枚のリーフ…12ページ分)があります。
 それは別の人の手によって書き換えられたものです。…
 このことの証拠は、ティッシェンドルフの目とティッシェンドルフの判断です。
 両者の筆跡は、明らかに同じものです。
 また、スペリング(つづり字)の数々の特異点が、両者の写本に表れています。
 書記者たちが同じ本に関わっている場合、一人の書記者から別の書記者に時折変更することには、何も不合理なことはありません。
 このようなことがらに関して、ティッシェンドルフの意見はこのうえなく重みがあるものです。
ティッシェンドルフ
ティッシェンドルフ
 彼(ティッシェンドルフ)はパピルス紙の筆跡や筆記体の筆跡については、あまり知っていませんでしたが、ベラム皮紙に書かれたアンシャル体(古写本の大文字の書体)筆跡については、他のだれよりも多く知っていました。
 その結果、ほとんどの人が、たといシナイ写本を見たことがなくても、彼の判断を受け入れています。

バチカン写本新約聖書を書いた人物が繰り返して行った『削除』

 ところで、ティッシェンドルフは彼の結論に至った後、その議論をさらに一歩進めて、問題となっているその筆跡は、『バチカン写本』の中の新約聖書の部分を書いた人物筆跡同じ筆跡であると言いました。
 この議論は、それまでと同じく古書体学の議論であり、文字の形スペリングなどによるものです。
 疑問を大いに深めている事実は、その差し替えられた6枚のリーフの内の1枚のリーフに、マルコの福音書の終わりの箇所が含まれており、シナイ写本とバチカン写本両者のその箇所で、明らかな『削除』が見られることです。
 これは奇妙な一致であり、当然のことながら、多くの人は、それが偶然のことであるとは信じていません。
 彼らは、バチカン写本の筆記者Bがその削除を繰り返し行い、二人の別人物が行ったのではないと主張しています」
(James Rendel Harris, "Stichometry", (1893) pp.73~74)



同じ時同じ所同じ筆記者によって作られた二写本

 同書の pp.71~89に、レンデル・ハリス氏は、『シナイ写本とバチカン写本の共同起源について』という補遺(付録 )を付けています。
 それは彼が1893年6月6日にマンスフィールド大学(イギリス・オックスフォード)で講演したものです。
 その講演で、彼は、こう結論付けました。

 『シナイ写本の筆記者Dが、バチカン写本の(新約聖書を書いた)筆記者Bと同一人物であることは、両写本が同じ時代のものであり、同じ写字室の中で、同じ筆記者によって作られたことを示しています』


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聖書 新改訳2017 聖書協会 共同訳


これまで告げられてきた偽りの主張

 これは、まさに、ものすごく重要なことです。
 これまでの約百五十年間、一般の人々に告げられてきたのは、こういうことでした。

 「シナイ写本とバチカン写本は、『マルコ16・9〜20の箇所がマルコの福音書に後代に付け加えられたものである』ことを証しする、古代の、それぞれ別個の証言物である」

 主張されてきたのは、こういうことです。

 「この、『マルコ16・9〜20』の箇所が、新約聖書の原初の本文にはなく、それがシナイ写本の中にもバチカン写本の中にもないことは、それが後代に付け加えられたものであることが真実であることを証明している」
 「シナイ写本とバチカン写本は、その事実を証言する別々の証言物である」

 そう主張されているのです。
 ところが、シナイ写本およびバチカン写本の中で、それらの節(マルコ16・9〜20)が省かれている両者のページが、同じ一人の人物の筆跡で書かれたことについては、一言も言われていません。
 すなわち、同じ人物が、シナイ写本とバチカン写本の両者に『削除』を施したことです。
 ティッシェンドルフ自身がそのことを一度ならず三度も指摘した時以降、批評家らはずっとこの事実を知ってきたにもかかわらず、一言も言われていないのです!
 この箇所で何が起きているのでしょうか?


偽造の扇動者実行者

 シナイ写本とバチカン写本の両方の本文中に偽造物を挿入させたのは、間違いなくマイ枢機卿(1782年〜1854年 イエズス会士)の扇動によることであったはずです。
 彼は、『バチカン写本』のファクシミリ版を登場させる担当者でした(発行年は彼の死後の1857年)。

マイ枢機卿
マイ枢機卿(1782年〜1854年)

 ただし、実際にだれがその書き換えを行ったかは、現時点では私たちにはわかりません。
 その実行者はティッシェンドルフではなかった、と私は思います。
 なぜなら、彼は、その二つの写本のそれらのページが同じ筆跡によるものであることを知って驚いた、と発言したからです。
 もし彼がその偽造行為者であったなら、決してその事実に注意を向けなかったはずです。
 たぶん私たちは、この地上では決して知ることはないでしょう。
 しかし、この証拠によって確かにわかるのは、この差し替え行為によって世界大いにだまされてきたことです。
 この『だまし』を扇動して偽造したのがだれであれ、彼らは非常に安全な状況にいたはずです。
(この書き換えは→1857年以前に行われました。→「19世紀半ばに行われたバチカン写本書き換え」参照)


アレキサンドリア写本書かれているマルコ16・9〜20

 アレキサンドリア写本は、十七世紀にイギリスに送られた写本です。
 したがって、これはバチカンの手が届かない所にありました。
 この写本は、「シナイ写本やバチカン写本と匹敵する年代の写本である」と主張されているものですが、実際、この写本にはマルコ16・9〜20が含まれているのです。
 ここで驚くべきことに、『アレキサンドリア写本』のこの箇所は、TR聖書本文』に含まれているマルコによる福音書の終わりの箇所と、ぴったり同じものなのです。
アレキサンドリア写本 マルコ16章の終わりのページ。シナイ写本やバチカン写本とは違って、マルコ16・9〜20が含まれている
(クリックで拡大)

 もし、批評家たちが主張し続けてきたことが真実であるのなら、このマルコ16・9〜20まだ存在していなかったはずであり、したがって、アレキサンドリア写本の中には現れなかったはずです。
 このことは、批評家たちにとってかなり当惑させる事実であり、したがって、彼らのほとんどの刊行物の中で言及されていません
 もし、マイ枢機卿および彼の仲間たちアレキサンドリア写本を入手することが可能であったとすれば、そのきわめて重要なページも、マルコ16・9〜20削除したページで差し替えられたことでしょう。


偽造者らの失態

 この陰謀者らが、「偽造は決して探知されず、同じ人物の手が両者を作り出したことは、決して気付かれないだろう」と考えていたのは、思慮に欠けることでした。
 ティッシェンドルフすぐにこのことに気付きました。
 そして彼は、この事実を三度も本に記しました。
ティッシェンドルフ
ティッシェンドルフ
 ところで、私は、ティッシェンドルフ「シナイ写本とバチカン写本のそれらのページが同じ人物の手によって書かれたと認識した時、彼の頭に何がよぎったのだろう、と思います。
 彼は、自分がだまされていたと気付かなかったでしょうか?
 彼は、自らの読者たちに、二写本のマルコ16・9〜20のページは、共通の源に由来するということを、どう説明したらよかったのでしょう?
 当然、彼のすべき唯一のことは、「シナイ写本もバチカン写本も、同じ写字室で、同じ筆記者によって作り出されたものであった」と説明することでした。
 それは、二つの写本がいずれも同じ時期に書かれたにちがいないことを意味します。…
 ティッシェンドルフはそういうすべてのことを知っていたはずです。
 私たちは、「彼は、今や自分が目にしたものを、無理にでも何とか正当化した」としか想像できません。

 同じ『筆記者』にシナイ写本とバチカン写本の両者のページ書かせたことは、まさに不器用な失態でした。
 ただし、それはシナイ写本のそれらのページだけのことではありません。
 シナイ写本の偽造者や改ざん者らは、彼らの作業のきわめて単純な『不整合』明らかな『異常』見落としていました。
 手短に言えば、彼らは作業を急いでいたように見えます。
 そのことは、この写本の多くの箇所で明らかなのです。
(以上は、ビル・クーパー師の著書からの抜粋です)


シナイ写本を書いた人は?

 これまでのことをまとめると、こうなります。
  • シナイ写本19世紀産物であり、偽造物です。
    シナイ写本の中の『新約聖書』のほぼすべては、コンスタンティン・シモニデス(1820年〜1890年)によって書かれました。
  • バチカン写本『新約聖書』も、19世紀に書かれた偽造物です。
    同じ一人の筆記者(偽造犯罪者)が、シナイ写本マルコの福音書の終わりの箇所を含む数ページを書き、バチカン写本の中の『新約聖書』も書きました。
 シナイ写本バチカン写本『新約聖書』二人の著者を図示すると、こうなります。
矢印
聖書 新改訳2017 聖書協会 共同訳

 19世紀の人物であるこの二人が、現代版『新約聖書』の土台となっている二写本実際に書いたのです。

 裏返して言えば、現代版『新約聖書』読者は、ほぼ実質的に、19世紀この二人が書いたもの』読んで(読ませられて)いるのです!
 その詳細を、次のページで見ることにします。



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聖書の歴史V 偽造写本から"ねつ造"された現代版『新約聖書』
  1. シナイ写本確実偽造物です! 七つ証拠
  2. バチカン写本確実偽造物です! 偽造者らの失態
  3. 19世紀偽造者が書いたもの』読ませられている人々


新約聖書改ざんの歴史概観
偽造物『シナイ写本』(1862年)
偽造物『バチカン写本』(1481年〜)
バチカン写本シナイ写本
『バチカン写本』最終書き換え: 19世紀
マイ枢機卿
マイ枢機卿および彼の仲間の偽造者たち
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改ざん聖書本文WH(1881年)


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