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W 信仰破壊システム 2日本語聖書改ざん箇所8-1

クリスチャン重要なみことば削除置き換え付加1

イエス・キリストあがない私たちのためであることの削除

 以下の数々の語は、キリストのあがないのみわざ私たちとの関係を明示している大切な語句です。
 それは、読者である私たちに対する神とキリストのを伝えています。
 ところが、そういう非常に重要な語WH/UBS/NA本文に基づく聖書では削除されています。

 第一コリント5・7
  • 「私たちの過ぎ越しの子羊、キリストが 私たちのために屠られたTR 新約聖書
  • 「私たちの過越の子羊キリストは、すでに屠られた新改訳 2017
  • キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです」聖書協会 新共同訳)

 「私たちのために」が削除されています。


 第一ペテロ4・1
  • キリストが 私たちのために肉に関して苦しみをお受けになったTR 新約聖書
  • キリストは肉において苦しみを受けられた新改訳 2017
  • キリストは肉に苦しみをお受けになった聖書協会 新共同訳)

 「私たちのために」が削除されています。


 ヘブル1・3
  • 「御子は、 ご自身を通して私たちのの清めを行われ」TR 新約聖書
  • 「御子はのきよめを成し遂げ 」新改訳 2017
  • 人々の罪を清められた」聖書協会 新共同訳)

 「ご自身を通して」が削除され、「私たちの」が単なる「」や「人々の罪」に置き換えられています。


 第一ヨハネ3・5
  • 「あの方がお現れになったのは 私たちの罪を取り除くためであり」TR 新約聖書
  • 「キリストは罪を取り除くために現れたのであり」新改訳 2017
  • 「御子は罪を除くために現れました」聖書協会 新共同訳)

 「私たちの」が削除されています。


 黙示1・5
  • 「ご自分の血によって 私たちのから私たちを洗ってくださり」TR 新約聖書
  • 「その血によって私たちをから解き放ち」新改訳 2017
  • 「御自分の血によってから解放してくださった」聖書協会 新共同訳)

 「私たちの」が削除されています。

 これらの語は、読者である私たちに対しての神とキリストのを伝えています。
 これらの語は、キリストのあがないのみわざ私たちとの関係をはっきり表しています。
 「私たちの」という語は、かつては私たちにがあり、私たちはイエス・キリストのあがない必要とする罪人であったことを認識させています。
 また、これは、イエス・キリストを受け入れていない人はみな、今でものある罪人であり、彼らはイエス・キリストのあがない必要としていることを意味します。
 それは、キリスト不信者たちにとっては消去したいことであるはずです。
 これらの語が削除置き換えをされた文章は、キリストのあがないのみわざの一般的表現にすぎません。
 一方、これらの語の存在するみことばを読む聖徒たちは、神とキリストのあがないのみわざを自分自身に対することとして受け留め、再認識することでしょう。
 真の聖徒たちは、この箇所を読むたびに、父なる神主なるイエス・キリスト偉大な愛とあわれみ、いつくしみを思い、その恵み感謝することでしょう。
 キリスト不信者であるWH/UBS/NA本文の編集者たちは、神のことばであるこれらの重要な数々の語を削除したのです。


クリスチャンにとって重要なみことば削除置き換え付加

 コロサイ1・14
  • 「この方にあって、私たちは 彼の血を通してあがないを、罪の赦しを得ています」TR 新約聖書
  • 「この御子にあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです」新改訳 2017
  • 「わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです」聖書協会 新共同訳)

 「彼の血を通して」が削除されています。
 イエス・キリストこそが、あがないの要(かなめ)です。
 WH/UBS/NA本文に基づく聖書は、あがないについてのこの非常に重要なみことばを取り除いています。


 ヨハネ9・4
  • 私は、私をお送りになった方のわざを昼のうちに行わなければなりません」TR 新約聖書
  • わたしたちは、わたしを遣わされた方のわざを、昼のうちに行わなければなりません」新改訳 2017
  • わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない」聖書協会 新共同訳)

 「私は」が「わたしたちは」に置き換えられています。
 イエス様は、イエス様ご自身が行わなければならないと言われたのです。
 ところが改ざん聖書は、私たちが行わなければならないと言っており、イエス様の言われたみことばの内容を変えています。
 神のことばを敬わないキリスト不信者たちの大胆な改ざん行為です。


 ヨハネ10・38
  • 「しかし、私が行っているなら、たとい私の言うことを信じなくても、それらのわざを信じなさい。
    それは、父が私の内におられ、私も彼の内にいることを、あなたがたが知り、また 信じるようになるためです」TR 新約聖書
  • 「しかし、行っているのなら、たとえわたしが信じられなくても、わたしのわざを信じなさい。
    それは、父がわたしにおられ、わたしも父にいることを、あなたがたが知り、また深く理解するようになるためです」新改訳 2017
  • 「しかし、行っているのであれば、わたしを信じなくても、その業を信じなさい。そうすれば、父がわたしの内におられ、わたしが父の内にいることを、あなたたちは知り、また悟るだろう」聖書協会 新共同訳)

 「信じる」が「深く理解する」「悟る」に置き換えられています。
 これも同様の大胆な改ざんです。
 「父が私の内におられ、私も彼の内にいる」とは、父なる神イエス・キリストとのこのうえなく深くて密接な関係のことです。
 イエス様は、次のような表現もされました。
  • 私と父一つなのです」(ヨハネ10・30)
  • 私たち一つである」(ヨハネ17・22)
 このことには、イエス・キリスト御子なる神であられること、イエス・キリスト神性も含まれています。
 この38節でイエス様が「それらのわざを信じなさい」と言われたのは、イエス様御子なる神であられると人々が「信じる」ようになるため、人々がイエス・キリスト神性を「信じる」ようになるためでした。
 ところが、WH/UBS/NA本文に基づく聖書は、それを「深く理解する」というレベル引き下げているのです。
 改ざん聖書は、この大切な教えゆがめています


 使徒4・24
  • 「彼らはそれを聞くと、同じ思いになって神に向かって声を上げ、こう言った。
    主よ、 あなたこそ神、天と地と海と、それらの中のすべてのものを造られた方」TR 新約聖書
  • 「これを聞いた人々は心を一つにして、神に向かって声をあげた。
    主よ。あなたは天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造られた方です」新改訳 2017
  • 「これを聞いた人たちは心を一つにし、神に向かって声をあげて言った。
    主よ、あなたは天と地と海と、そして、そこにあるすべてのものを造られた方です」聖書協会 新共同訳)

 ペテロヨハネと仲間の聖徒たちが神に向かって声を上げて言ったことば、「あなたこそ神」が削除されています。
 大胆にもこの重要な語句削除できるのは、聖書の神に向かって「あなたこそ神」と呼びかけることができない人々か、そうすることを忌み嫌う人々ではないでしょうか?
 いずれにしても、そういう人々は聖書の神信じない人々です。
 一方のTR本文は、初代の聖徒たちが書き写した5000を超える数のギリシャ語写本によって証言され、確認されている新約聖書本文です。
 その本文に基づく『TR 新約聖書』は、ペテロヨハネと仲間の聖徒たちが神に向かって声を上げて言った通りのことばを記しています。
 この「あなたこそ神」という呼びかけは、現代の真の聖徒たちも用いることのできることばです。
 なぜなら、「聖書の神」こそが唯一の真の神であられると知っているからです!


 第一ヨハネ5・13
  • 「私がこれらのことを、神の御子の御名を信じているあなたがたに書いたのは、あなたがたが永遠の命を持っていることをわきまえているためであり、また、あなたがたが神の御子の御名を信じているためです」TR 新約聖書
  • 「神の御子の名を信じているあなたがたに、これらのことを書いたのは、永遠のいのちを持っていることを、あなたがたに分からせるためです」新改訳 2017
  • 神の子の名を信じているあなたがたに、これらのことを書き送るのは、永遠の命を得ていることを悟らせたいからです」聖書協会 新共同訳)

 「また、あなたがたが神の御子の御名を信じているため」が削除されています。
 そのため、WH/UBS/NA本文に基づく聖書では、使徒ヨハネが読者に伝えようとした二つ大切なことがらの内の一つが消し去られていて、読むことができません。
 このような非常に重要な聖書のみことばを削除するのは、福音敵対する人々だけができることではないでしょうか?
 まさにそのことを、キリスト不信者たちは大胆に行っているのです!


 マタイ18・11
  • なぜなら、人の子は、いなくなっていたものを救うために来たからですTR 新約聖書
  • 「(本文中に存在しない)」新改訳 2017
  • 「(本文中に存在しない)」聖書協会 新共同訳)

 この節が丸ごと削除されています。
 「人の子は、いなくなっていたものを救うために来た」とは、まさに福音の本質そのものです。
 これは、聖書のすべての読者が読むべききわめて重要なことばではないでしょうか?
 この箇所の改ざんからも、キリストの福音排除しようとするキリスト不信者たちの意図が明らかです。


 マルコ2・17(マタイ9・13も同様)
  • 「私は義人たちを招くために来たのではなく、罪深い者たちを悔い改めに招くために来たのです」TR 新約聖書
  • 「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためです」新改訳 2017
  • 「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」聖書協会 新共同訳)

 「悔い改めに」が削除されています。
 この語句は、この文の中で(かなめ)となっていることばです。
 この語句がなければ、イエス様が言われた最重要の要点が読者に全く伝わっていません。
 悔い改めなしには、だれも救われることはあり得ません。
 日々のクリスチャン生活においても、「悔い改め」は、どの信者にとっても欠かすことのできないことであるはずです。
 そのような重要語句を、WH/UBS/NA本文に基づく聖書は削除しています。



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 TR本文は、初代の聖徒たちが書き写した5000を超える数のギリシャ語写本によって証言され、確認されている新約聖書本文です。
 その本文に基づく『TR 新約聖書』こそ、神が歴史を通じて保持してこられた本当の新約聖書であり、イエス様が確証された本当の聖書でもあります。
 すべての聖徒の皆様に、この 『TR 新約聖書』をします。

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