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「神々は空に嵐を生じさせた。西の地域に暗闇が生じた。… 幾日か、二つの地(エジプト北部と南部)では光をともすことができなかった。 … それら(家・住まい)の中にいる者たちは死に、彼らの死体はパピルスの小舟のように水の上に浮かんでいた」(碑文) 「…多くの死体が川に葬られている。その洪水が墓場である… 笑い声は絶えた。全地にわたって悲嘆があり、悲しみも混ざっている」(パピルス) |
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S・ヤコボビッチ氏はこう述べています。 「…根本的に、この『嵐の石碑』にあることと、聖書が描写していることは、同じ出来事なのです。 …これは、『アジア系』あるいは『セム系』民族の集団出国であり、紀元前三世紀のエジプト人歴史家マネトも、紀元一世紀のユダヤ人歴史家ヨセフスも、これを聖書の出エジプトと同一視しています。… 歴史家たちが『ヒクソス(異民族)の追放』と呼んでいるものと、モーセ五書が『出エジプト』と読んでいるものは、全く同一の出来事なのです。 今や、聖書の『出エジプト』の出来事についての考古学的証拠が数多くあることを認めるべきです」 (『出エジプトの真実』より抜粋)
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出エジプトと考古学的証拠 【1】エジプトで『アポピ』と呼ばれていたモーセ 【2】パロの長子とパロの連続死 【3】悪臭を放ち続けるパロのミイラ 【4】エジプトを襲った大災害と死の記録 |
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