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◆地獄に行った偽クリスチャンたち【75】 |
■朗読者のジョセフ・オデュロ氏から: OSAS(Once Saved,Always Saved)とは、『一度救われたら、ずっと救われたままである』というキリスト教の教理です。 この教理は、大ぜいのクリスチャンたちを汚染しており、人が一度、主イエス・キリストによる救いを受けたなら、その人を主の恵みから離してしまうものは全く何も存在せず、罪でさえも主の恵みからその人を離してしまうことはないと信じさせています。 また彼らは、人が一度救いを受けたら、その人は罪の中の生活を続けることができるとも信じています。 私自身はこの教理を信じていません。この教理は完全に偽りです。 これから私がみなさんに読み上げようとしている証しは、クリスチャンのジェレミー兄弟(イタリア人)が送ってくれたものです。 それは、あのコロナウィルスが蔓延していた時期に彼に起きた臨死体験です。 彼はこの教理を信じてしまった犠牲者です。 彼はこの教理を彼の教会から受けたと言いました。彼はその教会名を明かしませんでしたが、その教会から彼はこの教理を受けたと言いました。 この男性は病気になって死にました。 彼が死んでから、驚いたことに、すぐに彼は地獄に行き着きました。 それまで彼が信じていたことは完全に間違っていたのです。 私はこれから、私に送られた通りにこのメッセージを読み上げていきます。何も付加も削除もしていません。みなさんの友人や家族にも伝えてください。彼らも主のメッセージを受けられるためにです。 |
■ジョセフ・オデュロ氏について: 彼のチームはアフリカ(ケニヤ、ガーナなど)に行き、イエス・キリストの福音を伝える働きをしています。彼らは聖書や食糧、衣類、シェルターなどを提供し、健康補助の働きも行っています。 Missionary Project In Africa |
私は2020年に体験した神との出会いについてお話しします。 地獄の火は本当に存在します。 そのことに関して、だれにもだまされないでください。 私は地獄に連れて行かれたその短い時間で、地獄がどんなに恐ろしいか、はっきりわかりました。 すべての人が、特にクリスチャンたちが、このことに耳を傾けてくれるようにと私は祈ります。 私も自分を一人の信者だと思っていました。 ところが私は地獄に行き着いたのです。 それから四年ほどたちますが、今でもそれをまざまざと覚えています。 |
◆罪の生活 当時、私には一人のガールフレンドがいました。 私は彼女をとても愛していました。 私たちは結婚していませんでしたが、私は彼女と淫行をしました。 私は幾度かそのことをしましたが、私の行いで罪意識を感じたことは一度もありませんでした。 なぜなら、私は救われていて、たとい私が罪を犯し続けていても、神の恵みによって私は守られる、と知らされていたからです。 私は、自分が将来犯すことになる罪も神によって自動的に赦されると信じるように、と教わっていました。 たとい私が悲しみを覚えたり、悔い改めようとしなくても、です。 私は当時、淫行は、まだ救いを受けたことがない人々にとっての罪にすぎないと知らされていました。 私は友人たちといっしょに出かけて行き、パーティーで飲んだり、喫煙したりしましたが、そのことでとまどいを覚えたことは一度もありませんでした。 なぜなら、私はすでに救いを受けていて、イエス・キリストが私の過去の罪と将来の罪の両方の罪のために死なれたのだと知らされていたからです。 |
◆病気との闘い さて、あのコロナでロックダウンとなっていた時期、私は29歳でした。 そのパンデミックのために、多くの人と同様に私も家に閉じこもっていました。 それまで私は何年も、繰り返し起こる病気と闘っていました。 私の両方の肺が何かで冒され、何度も私は血を吐いていました。 ただし、この時は違う感じがしました。 私の胸部が痛くなってきましたが、私はそれを無視しようと努め、痛みが消えていくことを望んでいました。 何日もたつにつれ、痛みが強くなりました。 私は息がしにくくなりました。 私の兄弟と私は病院に行くことを話しました。 けれども、ニュースでは病院は人々であふれていて、ベッドも使えないという報道ばかりでした。 ロックダウンで事態はいっそう深刻でした。 私は咳をするたびに血を吐いており、そうして時が過ぎていきました。 私は医者に電話をかけて、私の症状を説明しました。 彼は同情してくれましたが、あまり助けにはならず、私と直接会って診断することはできませんでした。 彼は薬を処方してくれました。 |
◆私の死 ある日の晩、私が処方された薬を飲んだ後、私は突然、呼吸ができないと感じました。 まるで私の二つの肺が機能をストップしたかのようでした。 私はパニックになり、私の兄弟を呼びました。 彼は私の部屋に駆け込んで来ました。 私は苦しそうにあえいでいました。 私の母も入って来て、彼らは二人で助けようとしましたが、何もうまくいきそうに見えませんでした。 私は死にたくありませんでした。 私は、なぜこのことが私に起きているのか理解できませんでした。 私は心臓の鼓動が速くなっているのを感じました。 私の視力はぼんやりしてきました。 私の胸部の痛みは耐えがたいものでした。 私は持ちこたえようと奮闘しましたが、私の体力は無くなっていきました。 最後は、私はその奮闘をあきらめました。 なぜなら、私はもうそれ以上何もできなかったからです。 私はもうそれ以上持ちこたえることができなかったのです。 ほんの一瞬の間、私は自分の意識が遠のくのを感じました。 気がつくと私は、私自身の肉体の上に浮かんでいました。 その瞬間、私に見えたのは、そこに横たわっている私の体だけでした。 私はそれから少し離れた所に立っていました。 私の家族は、私の周りにいました。 私は起きていることを理解しようと努めました。 けれども、まだ十分には理解できないでいるうちに、何らかの"無敵の力"のようなもので引きずられるような感じがしました。 一瞬のうちに、私はもはやその部屋の中にはいませんでした。 |
◆地獄の中へ 私がいた場所は、広大な暗い空間のようでした。 そこは、私がそれまで知ったことのない、全く異なる場所でした。 そこは、どの方向にも無限に広がっていると感じました。 境界が見えませんでした。 太陽の光はないのに、そこにあるどんなことも見えました。 空気はどんよりしていました。 遠くから叫び声が聞こえました。 人々の、つらそうな苦悩の、深い後悔の叫び声でした。 私は自分がどこにいるのか、よくわかりませんでした。 恐ろしい音が聞こえ、振り向くと、生き物が見えました。 私は彼らを私の目で見たわけではありません。 私は彼らの存在を感じたのです。 それは、私が想像することのできるどんなものよりも恐ろしいものでした。 それは、悪霊どもの音のようでした。 私が振り向くと、そういう生き物が私の周囲のいたるところにもっと多くいました。
彼らは恐ろしい音を立てながら動き回っていました。 人々の叫び声や悲鳴の声もありました。 私はゆっくりとどこかへ動かされました。 そこで私は、私が地獄にいると知らされたのです!!
私は地獄の中にいたのです!!
私はクリスチャンであり、イエス様を私の主また救い主として告白していました。 私は聖書を読んでいたし、教会にも通っていました。 私の牧師は、信者が地獄に行くことはあり得ないと私にはっきり言っていました。 私はこう思いました。
私の胸部の痛みはなくなっていましたが、私は明らかに、その胸部の痛みの百万倍も激しい痛みを経験しようとしていたのです。 私は、「これは本当に起きていることではない。これは何らかの悪夢なのだ」と自分を納得させようとしました。 けれども、悪霊どものあの恐ろしい音や、私の周囲から私が感じている火の感覚で、私は滅んで地獄に来たのだと確信しました。
その瞬間、私はキリストについて完全にだまされて、うそをつかれていたと感じました。 私は、「私は裏切られたのだ。キリスト教は蜃気楼(しんきろう)だったのだ」と感じました。 私は、「それなのに私が最後は地獄に行き着いたのであれば、救いという実体など全く存在しなかったのだ」と考え始めました。 私は私自身に対して怒り出しました。 私の牧師に私がだまされるままにしていたことに対してです。 なぜ私は裏切られたのだろうと自問し始めていた時、鋭利な物が、私ののどの真下から私を突き刺すのを感じました!! それは貫通して私の頭の上に現れました!! その苦痛は、想像を絶するものでした。 我慢できない激痛でした!!
私はすぐにあわれみを求めて嘆願し始めました。 ところが、私が懇願しようとすればするほど、それはますます激しくなったのです。 私はイエス様に呼ばわりました。 ところが、私が呼ばわれば呼ばわるほど、ますます恐ろしい音がして、その音が私を拷問のように苦しめたのです。 その間、私は全身を突き刺され続けていたのです!! 私は非常に衰弱していきました。 |
◆主の御使い それから突然、その苦痛、その拷問の苦しみが、ゆっくりと治まり始めました。 私が振り向くと、ある姿が近づいて来るのが見えました。 それは悪霊ではありませんでした。 それは、清らかで紳士的な明るい姿でした。 私がとても驚いたことに、この時、彼の存在で私は希望と平安が与えられたのです。 それは主の御使いでした。 彼の表情は純潔と力を表しています。 彼が現れた時、すべての悪霊どもと彼らの恐ろしい音が消えました。 その天使がそばに来ました。 すると、私の足に掛けられていた鎖が突然解かれ、私は少し安心しました。 そしてすぐに私は、この恐ろしい場所から連れ出してくれるよう懇願し始めました。 私は彼に、私が一人の信者であったことや、教会で神にお仕えしていたことを話しました。 私は激しく泣いていました。 自分がこの場所に永遠にいることなど想像できなかったのです。 |
◆天使が私に告げたこと
彼は、かつて私が熱心に仕える忠実な一人のクリスチャンであったが、突然、罪の中に陥った次第を明らかにしました。 彼は、私がガールフレンドとの淫行の罪のことや、私が犯したそれ以外の数々の行いのことを話しました。 私はガールフレンドと淫行をしていたのです。 私は神の教えに厳格に従う道から離れたことを彼に話しました。 なぜなら、私の牧師がいつも私たちに、私たちが一度救われて、イエス様を私たちの主また救い主として受け入れたら、私たちの罪からずっと救われているままになる、と言っていたからです。 そのことが私をここに至らせることになるとは、私は全く知りませんでした。 その天使ががっかりしていることが明らかでした。 その天使が私に答えて語ったことばは、今に至るまで私の頭の中に残っています。 彼はこう言いました。
私は深い悲しみと後悔に襲われるのを覚えました。 私はそれまで、誤った安心感を信じていて、自分が喜ぶ通りに生きることができると思っていました。 それによって生じる結果を直視してはいなかったのです。 私は神の恵みはあたりまえのこととして受け留めていました。 けれども、今や私はその代価を払っていたのです。 私はひざまずき、涙をとめどなく流しました。 私はもう一度私にチャンスを与えてくださいと懇願しました。
彼は、救われた後のすべてのたましいに神が願っておられることは、神の栄光を世に示すことであることを語り始めました。 彼が私に明らかにしたのは、
彼が私に明らかにしたのは、
それから彼が私に知らせたのは、
彼が私に語ったのは、
また彼が私に知らせたのは、
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◆再び地上へ 彼が最後のことばを言った瞬間、突然、私の周囲のすべてのものが、ぼやけて色あせ始めました。 私は後ろへ引かれつつありました。 私は自分が永遠に行ってしまったかのように感じましたが、気がつくと、それは数分間にすぎませんでした。 そんなに短い時間に、どうやって私はそんなにたくさんのことを経験できたのでしょう。 私は深呼吸をしました。 すると驚いたことに、長い間私を拷問のように苦しめていたあの胸部の痛みは劇的なまでに小さくなっていました。 私は新たな活力が私の体を貫通するのを感じました。 そのような体力は、何週間も感じたことがありませんでした。 私のこの体験の翌日、私は自分の信仰をもっと理解する必要があると思いました。 私は聖書を深く学び始めました。 私は、『一度救われたら、ずっと救われたままである』という教理の真実性に関して調べたいと思いました。 私が調べていくにつれ、この非聖書的な教えの真正性を否定するいくつもの聖書のみことばが見つかりました。 その第一は、ヘブル10・26、27でした。 この箇所は、真理を知った後で罪を意図的に続けることは裁きに通じていることを明らかにしていました。 永久の保証ではありません。 それは意図的な罪の結果が深刻なものであることを浮き彫りにしていました。 第二の聖書のテストはヤコブ2・14〜17でした。 ヤコブは、
そして最後はマタイ7・21〜23でした。 イエス様ご自身が、彼を主よと呼ぶ者がみな天の御国に入ることになるわけではなく、天におられる父のみこころを行っている人が入るようになると警告されました。 私がすべての人にお勧めしたいのは、自分と神との関係を真剣に考えることです。 地獄は本当にあります。 ただし、神の恵みとあわれみも本当にあります。 その真実に敬意を払う生き方を毎日しようではないでしょうか。
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■朗読者のジョセフ・オデュロ氏から: 大ぜいのクリスチャンがだまされています。 想像してみてください、この教理を信じているクリスチャンたちが毎日10人死んでいるとすれば、彼らは確実に地獄に行き着いているのです。 もしあなたがこのOSAS(『一度救われたら、ずっと救われたままである』)という教えに従っていて、罪の中の生活をしていながら『自分は救いを受けられる』と思っているなら、『最後は死んで天国に行く』と思っているなら、それは全く真実ではありません。 このみことばはクリスチャンたちに書き送られました。 これは、「(もし)私たちがその光の中を歩んでいるなら」という条件的なみことばです。 では、もしクリスチャンたちが、彼がその光の中におられるように私たちがその光の中を歩んでいないなら、どうでしょうか? このみことばは明らかに、もしクリスチャンすなわち信者がその光の中を歩もうとしないなら、御子イエス・キリストの血がその男性あるいは女性の罪を清めることはあり得ないことを意味しています。 |
《エターナル・ライフ・ | ||
■こうしてわかる五つの重要ポイント
ジェレミー氏が神の教えに厳格に従う道から離れたのは、彼の牧師が彼に、OSAS(『一度救われたら、ずっと救われたままである』)というカルビニズムの教えを語っていたからでした。 その結果、彼は死んで地獄に連れて行かれました。 そこで神の御使いはジェレミー氏に、非常に重要な数々の真実を告げました。 ●ジェレミー氏の牧師(カルビニスト)について、神の御使いはジェレミー氏にこう告げました。
こうしてわかるのは、
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●御使いはジェレミー氏に次のことを明らかにしました。
こうしてわかるのは、
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●御使いはジェレミー氏に次のことを明らかにしました。
こうしてわかるのは、
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●また、御使いは、カルビニズムとサタンの関係にも言及しました。
こうしてわかるのは、
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●御使いはジェレミー氏に次のことを明らかにしました。
こうしてわかるのは、
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★OSAS・カルビニズムの正体 |
■まとめると… 以上をまとめると、神の御使いは次のことを明らかにしました。
そしてカルビニズム(『一度救われたら、ずっと救われたまま』: 改革派神学)という教理は、
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■真のクリスチャンの証拠と特徴は… さらに、神の御使いは、真のクリスチャンの証拠と特徴について次のことを明らかにしました。
さらに、御使いは次のことも明らかにしました。
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■地獄に行くのは、だれの"せい"? 自分が地獄に来たことでびっくりしていたカルビニズム信者のジェレミー氏に、神の御使いはこう告げました。
神の御使いは、「あなたをここ(地獄)に至らせた全責任は、あなたの牧師にあります」とは言いませんでした。 ジェレミー氏が地獄に行ったのは、正確には、だれの"せい"だったのでしょうか? カルビニズム信者たちが地獄に行くことになるのは、彼らを「誤った方向に導いている」人々だけの責任でしょうか? 確かに、ジェレミー氏を誤った方向に導いていたカルビニズム牧師の悪影響がそもそもの原因でした。 しかし、ジェレミー氏の自己満足、すなわち、彼がそれを"よし"としたことが、自らを「地獄に至らせた」と神の御使いは告げました。
「罪を犯すための許可証」を自分の拠り所として「罪を受容」し、自分の「欲求を満足」させ、「自分の喜ぶ通りに生きることを許す」ままにし、「"真理を歪曲した教え"によって自分がだまされるままに」していること(つまり、それを自分に許容すること。ジェレミー氏はそうしていました)、そのことが、カルビニズム信者を「地獄に至らせる」のです。 なぜなら、そのカルビニズム信者は、「神にそむく生活」をしており、自らを「神の敵」としており、すでに「神から引き離されている」者だからです! ジェレミー氏はこう述べています。
これは、ジェレミー氏にだけではなく、罪を犯しているどのカルビニズム信者にも当てはまることです! ジェレミー氏に必要だったのは、「本物の悔い改め」をすることでした。 それは、本当に救われることを真摯(しんし)に願うどのカルビニズム信者にも必要なことであり、まだ地上で生きている間は可能なことです!
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偽りを語る人々・だまされる人々 |
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