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● 聖職者たちの「千人請願」
そもそも、ジェームズ王が新たな翻訳聖書を作ることを考え出したのではありません。 それまで四十年間統治していたエリザベス(一世)は、亡くなる数時間前、彼女のいとこのジェームズ六世(スコットランドの君主)を指名し、ジェームズ一世として彼女の後を継がせ、イギリスの王位に就けました。それは1603年のことでした。 当時、英国国教会には、ピューリタン(清教徒)と呼ばれる改革者たちが大ぜいいました。 そう呼ばれていたのは、彼らが、イギリスの教会から、あらゆるカトリックの遺物を取り除くことによって教会を清めることを目的とすることを公言していたからです。 そのピューリタンたちの指導者は、オックスフォードにあるコーパス・クリスティ大学の学長、ジョン・レイノルズ博士でした。 1604年、彼はジェームズ王に提案し、すべての国民が理解し、読み、そして愛することのできる翻訳聖書を作るべきであると告げました。 ジェームズ一世自身が神学者であり、スコットランドの長老派から聖書を学んでいる人であったため、その後、彼はその提案を承諾しました。 その企画がスタートしたのは、約千人の聖職者たちがジェームズ王に一通の請願書を送った時でした。 それは後に、「千人請願」として知られるようになりました。(注1) その千人の聖職者たちは、英国国教会の約十分の一の聖職者を代表しており、レイノルズ博士が、その千人の聖職者の代弁者とされました。 彼らはいくつかの「改革」を要求しました。その結果、レイノルズは、ハンプトン・コートでの集会で、新たな訳の聖書の作成を提案しました。 その根拠となったのは、1539年の「大聖書」(Great Bible)が非常に崩れた翻訳だったからです。 ジェームズ王は「ジュネーブ聖書」(Geneva Bible)によって育てられましたが、その聖書の欄外注やコメントが多いことに不快感を覚えていました。
新しい訳の聖書は、ギリシャ語の原文に完全に忠実で、欄外注もコメントも全くないものを作ることで、最終的に合意がなされました。(注2) ジェームズ一世は彼らの要求に応じましたが、それに着手しませんでした。それは、あの千人の要求によって始まったのです。 ● キング・ジェームズ版聖書に関わった人々 そして、英国国教会およびピューリタンの両者から、聖職者および信徒が翻訳に加わることになりました。 こうして、ジェームズ王の祝福のもとで、バンクロフト主教(まもなくカンタベリーの大主教となる)がウェストミンスターの地方監督と会い、この翻訳作業を行うべき人々の名前を提示しました。 そして、イギリスの五十四人の最高の学者たちが選ばれました。ただし、その働きが始まる前に亡くなった人々もいれば、それまでの仕事のために参加できない人々もいました。こうして、実際には四十七人だけがその働きに関わりました。(ほかに九人がいましたが、彼らの関わりはいくらか限定されたものでした) それらの翻訳者たちのうちのだれも、仕事による代価を受けませんでした。 この働きが始まると、この四十七人は六つのグループに分けられました。 ウェストミンスターの二つのグループのうち、一つは旧約聖書を担当し、一つは新約聖書を担当しました。 オックスフォードの二つのグループも同様でした。 ケンブリッジの二つのグループのうち、一つが旧約聖書を担当し、一つがアポクリファ(旧約聖書の外典)を担当しました。 1604年から1606年までの三年間、それぞれの翻訳者は、十五の規定に従って、自分に割り当てられた章の翻訳を行いました。 その規定の中で最も重要なもののいくつかは、次の通りです。 (1) 「ビショップ聖書」(1568年)を規準としてそれにならい、原文の真理が許容する変更も、小さなものとすること。 (2) 欄外注は付けないこと。ただし、ギリシャ語あるいはヘブル語の説明や、参照箇所を付けることは例外である。 (3) ティンダル訳(1526年)、マシュー訳(1537年)、カバデール訳(1535年)、大聖書(1539年)、ジュネーブ聖書(1560年)は、ビショップ聖書よりも本文と符号する場合に用いること。 聖書の同じ箇所は、同じグループの別の人によっても翻訳されました。 その後で、そのグループのメンバー全員が集まって、相違点を検討しました。 そうして一つの書が完了すると、それは他の五つのグループに送られて、再審査と意見が求められました。 各グループの二人ずつから成る特別な審査委員会が形成され、最終的な作品を検討しました。 これらの会合で、さらに三年が費やされました(1607年〜1609年)。 どの翻訳者も、自分が受け持つ本文が全く誤りのない神のことばであることを信じていました。 このような学識および献身をもって聖書の翻訳に関わった委員会は、今まで全くありません。 このことに関して、マクルアー氏はこう述べています。
そのほとんどの人は、教授あるいは(および)説教者でした。どの主教にも求められた規定の第十二項は、このプロジェクトの小さな箇所を各自の主教区内の公の場で提示し、人々からの忠告を奨励することでした。このことにより、この働きの全体がすべての人々にオープンにされ、イギリスの国民全体がこの製作に関与することができました。ギリシャ語やヘブル語を知っている何百人もの信徒や聖職者たちが意見を述べました。 ………………………… (注1)Alexander W.McClure,"The Translators Revived",p.57 (注2)同書 pp.58-59 (注3)同書 pp.63-64 |
《出典 : Floyd Nolen Jones,"Which Version Is The Bible?"[2006年] 》
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■さらに深い理解のために(英語)… フロイド・ノレン・ジョーンズ博士の著書 → "Which Version Is The Bible?"(2010年版) p.66~[PDF] キング・ジェームズ版聖書について → The King James Version エドワード・F・ヒルズ博士 King James Bibleについての著作 → The King James Bible Defended 聖書の数々の版について(T. H. Brown) → The Divine Original |
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