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9 聖書本文の保持『共通の信仰』


エドワード・F・ヒルズ博士

エドワード・ヒルズ博士

 神がエラスムスをどのように摂理的に導かれたかを理解するために、『新約聖書本文の保持』に関して、エラスムスの時代に考えられていた三つの見解を検討することにします。
  1. ヒューマニズム(人間中心主義)の見解。
  2. スコラ哲学派の神学者たちの見解。
  3. 『共通の見解』、すなわち私たちが『共通の信仰』と呼んできたものです。


1ヒューマニズムの見解

 ヒューマニズム(人間中心主義)の見解は、ローレンティウス・バラ(1405〜57年)の著作で代表されていました。
ロレンツォ・バラ
ローレンティウス・バラ

 バラはイタリア・ルネサンスの著名な学者でした。彼は言語の重要性を強調しました。
 彼によると、中世の暗黒時代の文明の退廃は、ギリシャ語およびラテン語の衰退によるものでした。
 したがって、古典文学の研究を通してのみ、古代のギリシャおよびローマの栄光をふたたび理解することが可能とされました。
 バラは、ラテン語ウルガタ聖書に関する論文も書き、それを、彼が所有していたいくつかのギリシャ語新約聖書の写本と比較研究しました。
 若いころからバラの称賛者であったエラスムスは、1504年、バラの論文の写しを見つけて、翌年、それを印刷物としました。
 その論文の中で、バラは、ウルガタ聖書よりギリシャ語新約聖書本文のほうを支持していました。
 彼は、そのラテン語のウルガタ聖書の本文が、ギリシャ語の本文とは頻繁に相違していると述べていました。
 しかも、そのラテン語訳には数々の削除や付加があり、概して、ギリシャ語の読み方のほうが、ラテン語の読み方より優れていました。注1


2スコラ哲学派の神学者たちの見解

 他方、スコラ哲学派の神学者たちは、ラテン語ウルガタ聖書唯一の真の新約聖書本文として擁護しました。
 1514年、ルーヴェン大学(ベルギー)のマルティン・ドルプはエラスムスに手紙を書き、エラスムスが発行しようとしていたギリシャ語新約聖書(TR)を発行しないよう求めました。
 ドルプは、こう主張しました。
「もしウルガタ聖書に聖書原文の改ざんや間違いが含まれているなら、ローマ・カトリック教会は何世紀もの間、まちがっていたことになり、それはあり得ないことだ。
 ほとんどの教会公会議がウルガタ聖書に言及していることは、ローマ・カトリック教会が、ギリシャ語新約聖書ではなく、このラテン語ウルガタ聖書を公式な聖書としてみなしたことを証明している。
 ギリシャ語新約聖書は異端のギリシャ正教によって改ざんされてきたのだ」注2

   そして1516年にエラスムスのギリシャ語新約聖書が発行された後、一人の著名なスペイン人の学者は、こう非難しました。
「そのギリシャ語新約聖書(TR)は、ローマ・カトリック教会の聖書であるラテン語ウルガタ聖書を公に糾弾するものだ」注3

 そして、それと同じ頃、ピーター・スーター(後にカルトゥジオ修道会の修道士となる)は、こう言いました。
「もし一つの点でウルガタ聖書が間違っているとすれば、聖書の権威全体が崩壊することになる」注4




3聖徒たち『共通の見解』『共通の信仰』

 「ピーター・スーターが450年以上も前にラテン語ウルガタ聖書に関して取ったのと同じ極端な立場を、聖書を信じる現在の神学生たちがキング・ジェームズ版の聖書に関して取っている」と非難されることが、よくあります。
 しかし、それは偽りです。
 私たちは、すでに言及してきた三番目の立場を取ります。
 すなわち、『共通の見解』です。
 エラスムスの時代、この見解は、ヒューマニズム(人間中心主義)の見解とスコラ哲学派の見解の中間の立場を占めていました。
 この見解の支持者たちは、聖書代々を通じて摂理的に保持されてきたことを認めていました。
 ただし、彼らは、この摂理的保持をラテン語ウルガタ聖書と結び付けることについては、スコラ哲学的神学者たちに同意しませんでした。
 それとは反対に、彼らはローレンティウス・バラおよび他のヒューマニストたちと同じく、ギリシャ語新約聖書本文のほうが優れていると主張しました。
 この『共通の見解』は、一つの明確な理論というよりむしろ、一つの信仰としてとどまっていました。
 ローマ・カトリック教会よりむしろギリシャ正教が新約聖書本文の管理者として摂理的に任じられてきたことは、当時、論理的ではあっても口では言いにくい結論であり、それを述べた人は一人もいませんでした。
 しかし、この見解は、曖昧な理解ではありつつも広く支持されていたため、それを『共通の見解』と呼ぶのは不当なことではありません。
 1546年のトレント公会議より前は、この見解はローマ・カトリック教会の高位聖職者たちによって支持されていました。
 教皇レオ10世(1513年から1521年まで教皇)によっても支持されていたようです。エラスムスは彼に、自分の新約聖書を献呈しました。
 エラスムスの親友たち、たとえば、ジョン・コレット、トーマス・モア、ジャケス・ルフェブレなどもみな、エラスムスと同様に、ローマ・カトリック教会を内部から改革しようとした人々であり、同様に、この共通の見解に固執していました。
 スコラ哲学派の神学者であったルティン・ドルプさえ、最終的にはトーマス・モアに説得されてこの見解を採用しました。注5

 このように、エラスムスの時代、クリスチャンの知識人たちにより、次のことが共通のこととして信じられていたのです。

原初の新約聖書本文が、
  • 第一義的には、現在あるギリシャ語本文において、
  • 二義的には、現在あるラテン語本文において、
現在ある新約聖書本文の中に摂理的に保持されてきたこと。

 エラスムスはこの『共通の信仰』によって影響を受け、また、おそらく、それを共有してもいたことでしょう。
 そして神は、この『共通の信仰』を摂理的に用いられ、TRに関するエラスムスの編集作業において彼を導かれたのです。
……………………………………………
注1)Principles and Problems of Translation, Schwarz, pp. 96-97, 132-39.
注2)同書, pp. 163-64.
注3)同上
注4)Erasmus of Christendom, Bainton, p. 181. Erasmus, Smith, p. 180.
注5)Erasmus, Smith, p. 181.

《出典 : The King James Version Defended 第八章 エドワード・F・ヒルズ著》


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歴史CX 《神の摂理TR
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5 聖書を信じる学び』の3原則
6 一貫性のあるクリスチャンの『手法』
7 古代聖書神の摂理
8 TRについての三つの見解
9 新約聖書本文の保持『共通の信仰』
10 神に用いられたエラスムス
11 TR伝統的本文相違箇所
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