イエス様は罪のない方であられたゆえに、他の人々の罪を負う方となられたのです。
彼は打たれましたが、ご自分の罪のためではなく、私たちの罪のためでした!
ダニエルには、そのことを見る機会が与えられました。
ダニエル書9・21〜25にこうあります。
「私が祈りのうちに語っていると、ガブリエルが…私に言った。
『…幻を悟りなさい。あなたの民について、また、あなたの聖なる町について、七十週(490年)が定められている。
それは、そむきを完成に至らせ、罪を終わらせ、とがをあがない、永遠の義をもたらし、幻と預言を封じ、至聖所に油を注ぐためである。
あなたは知って、悟りなさい。エルサレムを回復し再建せよとのことばの発布から、君主なるメシアまで、七週と六十二週(483年)」
私の家でこれらの真理を私に示しているこの同じガブリエルが、ダニエルに語った天使だったのです。すなわち、イエス様がご自分の罪のためにではなく、他の人々の罪のための犠牲となり償いとなるために来られるまで、483年間ある、と語ったのです。
ガブリエルはダニエルに、いつ、その483年間を数え始めることができるかを語りました。そして、それはすべて見事に結びついているのです。
ガブリエルは、神のタイミングが完璧であるように取り計らいました。彼は、クロスがエルサレムを建てよという命令を出した時、その時計が動き始めたと言いました。
ガブリエルは、自分の仕事は、神のご計画を成就させることであり、自分は、その活動を鼓舞すべく神が割り当てられた天使であると言いました。
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